クラウドに戦略の舵を切る
——自社のビジネスを振り返り、2013年はどのような1年でしたか。
リーマン・ショック以来長く続いた経済低迷に明るい兆しが見え始め、企業は守りの経営から成長を目指した攻めの経営へ舵を切り始めました。例えば、クラウドやビッグデータ、モバイル、ソーシャルといったイノベーションを具現化するためのIT活用を進めています。
SAPジャパンの安斎富太郎社長 このような環境の下、SAPジャパンではクラウドに戦略の軸を大きくシフトしています。2013年は“クラウド元年”を標榜し、「クラウドファースト事業部」を設立するとともに、製品、サービスのポートフォリオを強化してクラウドカンパニーへと転換を図りました。
SAPがなぜ今クラウドなのか。その最大の理由は「スピード」です。クラウドはコスト削減のための手法の1つと考えられることがありますが、決してそれだけではないのです。スピードは企業の競争力を左右し、スピード感のある企業がイノベーションを生み出します。イノベーションに必要なスピード感を出すにはクラウド以外の選択肢は考えられないと思います。
また、データベースも好調です。その中核製品となるインメモリコンピューティング「SAP HANA」は、2013年度Q3(7-9月期)までの累計売り上げで前年比の2倍以上となりました。グローバルでは約2500社が導入し、日本ではユーザー企業数が3桁となりました。今年1月に発表したERP製品「SAP Business Suite powered by SAP HANA」も既に2桁のユーザーが採用しています。
業績全体に関して、インダストリー別に見ると、組立系製造業が好調だったほか、化学・資源系製造業の伸びも大きかったです。
キーワードは「S」
——2014年の事業目標について教えてください。
2014年は世界経済の回復基調がいっそう堅実なものとなり、企業の成長指向はますます加速すると見ています。それに対応して企業の情報システムには、より明確に成長への貢献が求められるはずです。
そうした中でSAPジャパンは、引き続きクラウドファーストを推し進めるとともに、HANAを核に全てのアプリケーションをリアルタイム化し、スピード感を持って顧客の成長とイノベーションに貢献していきます。さらに、顧客に頼られるビジネスパートナーとして、多様な要望に対する最適ソリューションの提供を目指し、それぞれの得意分野を持つパートナー企業との緊密な連携にも努めます。
——今後は、従来のようなオンプレミス型製品ではなく、クラウドがSAPのビジネスの中心になっていくということでしょうか。
5年後にはすべてクラウドになると考えています。それを支える基盤にあたるのがHANAです。2014年はこのクラウドとHANAの両輪で、スピード感を持ったビジネスを展開していきます。既に製品やサービスの開発に関しては、オンプレミスもクラウドも同じ組織で行っています。
ただし、クラウドが中心になるといっても、既存のオンプレミス製品を利用する顧客をおろそかにするわけではありません。例えば、ERPのユーザーに対しては、オンプレミス、クラウド、ハイブリッドそれぞれの環境を選んでもコスト面で損をしないような価格体系やサポート体制を構築します。
私がSAPジャパンの社長に就任した際、「スピード」と「フレキシビリティ(柔軟性)」の重要性を強調しました。まさに今、日本企業のトップからこのキーワードを耳にすることが増えています。経営者のITに対する期待もコスト削減から成長戦略に移り変わっており、Speed(スピード)に加えて、Scalability(拡張性)、Simple(シンプル)、Standard(標準)など、さまざまな「S」をITに求めています。その先にあるのは、ビジネスのSuccess(成功)にほかなりません。こうした顧客のニーズに対してSAPの戦略の方向性は合致しているといえるでしょう。
——現在SAPがグローバルで打ち出しているメッセージは、BtoBtoC企業となって、10億人のユーザーを獲得することです。この戦略を日本市場にどのように落とし込んでいくのでしょうか。
日本はまだこれからといえる状況ですが、その中でもM2M(Machine to Machine)ソリューションなどは広がっていくと見ています。例えば、タイヤメーカーの伊Pirelliとのプロジェクトでは、タイヤにセンサを取り付けて、タイヤの空気圧、温度、走行距離などをリアルタイムで測定し、車両管理者やドライバー自身に伝達するような仕組みを構築しています。これにより、タイヤ交換の最適なタイミングを把握できたり、燃費の良い走り方、荷物の積み方などを実現できたりします。日本でもある自動車メーカーと話を進めています。
また、カナダ・モントリオールで取り組んでいる、モバイルやクラウドを活用した市民向けサービスも注目すべきでしょう。街に住む人間とモノとのネットワーク接続によって、生活を豊かにしていくことが可能になるのです。(関連記事:これが近未来のOne to Oneマーケティングか?:地元を巻き込み市民の心を射止めた、モントリオール交通局のモバイルサービス)
日本人は自分で決断する力を!
——最後に、安斎社長のマネジメント論について伺います。組織を率いるリーダーはどうあるべきだとお考えでしょうか。
実はこの会社に入って、まさにSAPの頭文字がリーダーに必要な資質を表していると思いました。すなわち、「S」はSpeed(スピード)、「A」はAbility(能力)、「P」はPassion(熱情)です。どれか1つでも欠けていては駄目で、リーダーにはすべてが求められています。
もう1つ必要なのは「決める力」です。これは多くの日本人が苦手とするものです。日本人は高い能力を持っていますが、自分一人で変えようという決断をなかなかしません。積み上げ型であり、合意性を重んじるので、一度物事が決まるとスピーディーにトランスフォーメーションできるのですが、自分自身で決めることはできません。これがグローバルから見ると頼りない存在になってしまうのです。そのトリガーを日本人自らが引けるようなリーダーシップがとれると、もっとグローバルで活躍できると思います。
我々の世代はこれまでグローバルと戦ってきて、負けてはいないと思いますが、リードしているわけでもありません。これから日本人が世界をリードしていくためには、自らが決断できるかどうかです。若い世代にはその力を身に付けてもらいたいです。
そのためにSAPジャパンでは、外国人社員を主要な部署に配置して、できるだけクロスカルチャーな組織にしています。そこでグローバルレベルの決断力を仕事を通じて体感してもらうとともに、さまざまな国のマネジメントに接することで、多様な考え方や物事の進め方を理解できるようにしています。そうして体得した力を生かして、グローバルでのリーダーとして活躍してもらいたいと願っています。
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