「これで肩の荷が下りました」。クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長はにこやかに伸びをした。Mac対応という、6年前に初音ミクを発売してからひっかかっていた問題がついに解決できるのだ。「初音ミクV3」はMacの中で歌ってくれる。
初音ミクV3 ヤマハのVOCALOID責任者・剣持秀紀さんとクリプトン・フューチャー・メディア伊藤社長 6年間刺さった「トゲ」
初音ミクのMac対応について(2007年9月20日)
「やっぱりWindowsにするしかないかな」「これでIntel Macにするかも」など、Macユーザーのマシン選びに大きな影響を与えているWindowsオンリーのソフト「初音ミク」。Mac対応に関する、発売元のクリプトン・フューチャー・メディアからの公式の回答は、次のようになっています。
[Vocaloid2情報] 初音ミクの新規購入を悩んでいる方へ
現在、主にVOCALOIDソフトウェアレベルでのMac対応の可能性を協議中です。申し訳ありませんが、早急に対応するのが難しい問題と待っております。何卒、ご了承ください。
上は筆者が6年前に書いたブログ記事から引用したもので、回答者は、初音ミクをはじめとするCV(キャラクター・ボーカル)シリーズの総元締、佐々木渉さんだ。
この後、WindowsアプリをMacで動かすためのCrossOver Macと初音ミクのパッケージをバンドルした商品がリリースされたりしたものの、Mac対応は進まず。その一方で、MacにWindowsをインストールするBootcampや、VMware Fusion、Parallelsなどの仮想環境でWindowsを動かしVOCALOIDをインストールするのが、MacユーザーボカロPが取るべき道となった。
それから6年。ようやく初音ミクがMacにやってくる。すべてのMacにバンドルされている音楽制作ソフト「GarageBand」にも、1万7000円という超低価格ながらフル機能搭載の「Logic Pro」にも対応する形で。ちょっと込み入った解説をすると、GarageBandとLogic Proのプラグイン形式であるAudioUnits(AU)に、クリプトン独自のVOCALOID編集ソフト「Piapro Studio」が対応を予定しているのだ(発売時には間に合わないため、アップデートで対応予定)。
伊藤社長はMac対応ともう1つの6年来の悲願として「ボーカル以外を含めた制作環境」を挙げている。すでに発売されている男声VOCALOIDパッケージ「KAITO V3」ですでに実現しているが、同様に初音ミクの新バージョンにも、音楽制作ソフト「Studio One Artist」と、ボーカル以外の充実した音源「PreSonus」が同梱される。こちらもMac対応なので、MacユーザーはAU対応を待たずに初音ミクのボーカルとバッキングをMacだけで制作できる。
ヤマハのMac対応
伊藤社長がゲスト出演した7月24日の発表会は、ヤマハによる「VOCALOID NEO」お披露目だった。「VOCALOID NEO」は、同社がVOCALOIDを初めてMacに対応させたもの。VOCALOIDの開発者であり、責任者でもある剣持秀紀さんは、VOCALOIDのMac対応を検討中とした10年前のプレスリリースを引っぱり出し、「大変長らくお待たせいたしました」とようやく実現に至ったことを話し始めた。
ヤマハのVOCALOIDをMac対応させるためには、VOCALOIDの合成エンジンをMacに移植するだけでは不足だった。(※Macの開発環境でVOCALOIDが動作するようにするのは、iPhoneやiPadでVOCALOIDを簡易的に動かす「iVOCALOID」や「VocaloWitter」で既に実現している)
2010年10月にMac版について聞いた回答が以下のような内容だ。ここではエディタの部分の開発が大変だったという話をしている。
iVOCALOIDに関するトリビア集
- Mac版はエンジンが移植できたからといってすぐにできるように簡単なものではない。
- Windows版は複雑になりすぎていて、検証だけで大変。それをMacに移植して検証までするとなると
- 仕様がiPad版ベースならそれほど無理なく移植できるんだけど、みなさんの反応を知りたい(ぼくはGarageBand用にiPadと同程度の仕様のものを低価格で出してほしいと要望)
その後、ヤマハではある判断をした。それは、同社の傘下にある独Steinbergが開発するCubaseと緊密な動作をするエディタを開発するというものだ。VOCALOID 3 Editorではオーディオファイルを読み込んだり、リバーブやコンプレッサといったエフェクトを使えたり、簡易的な音楽制作が行えるまでに進化したが、クリプトンの伊藤社長が持っていた「ボーカル以外の音楽制作環境もいっしょにやりたい」と同様の理想形にするためには、ヤマハが自信を持つ音楽制作ソフトであるCubaseのプラグインとして作るのが最適だと決めた。
CubaseはWindowsだけでなくMacでも動作する、クロスプラットフォームの音楽制作ソフトである。CubaseからVOCALOIDを制御するのに、VSTiという業界標準の仕組みを活用することで、両方のプラットフォームへの対応を大きな負荷なく行うことができる。
VOCALOIDの合成エンジンがMacで動作し、それをエディタ(この場合はVOCALOID Editor for Cubase)から呼び出す仕組み。これを他社のアプリケーションからも呼び出せるようにした1つの例が、クリプトンのPiapro Studioだ。
ヤマハにはもう1つやるべきことがあった。歌声ライブラリのMac対応だ。初音ミクやメグッポイド、ヤマハだとVY1をはじめとするVOCALOIDパッケージはいずれもWindowsに特化した管理システム、管理情報を元に作られており、インストーラやライセンス認証もWindowsでしか動作しない。ヤマハはこの部分を全面的に作り直し、「VOCALOID NEO」として、歌声ライブラリごとにリリースし直すことを決めた。Windows版のユーザーには、Mac版インストーラを別途ダウンロード提供する。クリプトン以外のAHSやインターネットもこの方式にならい、VOCALOID 3ライブラリのユーザーに対してMac版インストーラを提供することを発表している。
Macに対応したヤマハ製歌声ライブラリの提供は、Mac対応ボカキュー(VOCALOID Editor for Cubase NEO)が発売される8月5日から順次行われる。
ボカキューNEOの予想価格は1万円近い。Cubase本体を持っていない人にとっては、さらに4万円近くの出費を必要とする(Cubase Artist 7の場合)。合計で5万円近く。それだけで音楽制作環境が整うとはいえ、もっと手軽にボカロPになりたい、という人もいいるだろう。
剣持さんは、「Mac対応の第1弾として」を何度も強調した。これで終わるつもりはない、という意志の現れといっていいだろう。
iVOCALOIDとの共通点も多いTiny VOCALOID EditorをMacに移植したり、ボカキューNEOの対応Cubaseを、現在のCubase 7とCubase Artist 7から、より下位の低価格バージョンにも拡大するなど、Macのユーザーベースをさらに広げることも考えられるのではないか。
ボカキューNEOが、Cubase 7の魅力とあいまって受け入れられ、第2弾、第3弾のMac対応を果たしてくれることを期待したい。
英語版初音ミクに至る苦労
とはいえ現時点では、もっとも安価にMacでVOCALOIDを使う方法は、新しい初音ミクV3を購入することだ。KAITO V3と同価格帯であれば、1万数千円で初音ミクの複数の歌声データベースと、VOCALOIDエディタ「Piapro Studio」と、音楽制作ソフトが手に入る。GarageBandユーザーであれば、Logic Proを買うか、初音ミクV3を買うか、悩むことになるかもしれない。
「Piapro Studio」はなかなか細かいところに配慮がされている。伊藤社長によれば、このエディタの開発者はボカロPでもあり、自分が使いたい機能を次々と実装しているそうだ。
初音ミクV3では、音素の組み合わせのバリエーションを増やし、よりなめらかに発声するトライフォンという方式での収録を追加している。このためデータベースの容量が膨れ上がり、オリジナル初音ミクと、初音ミクAppendのデータベースのすべてをV3パッケージに収録するわけにはいかなくなった。どの声色が入り、どの歌声が入らないか、自分のミクのワンポイントアクセントに使ったりしていたユーザーにとって、自分のAppendが使えないのではと心配な向きもあるかもしれない。その最終選択はまだ決定されていない。ただ、既存のAppendユーザーにはなんらかの対応が施されるようだ。ご安心を。
初音ミクの使い手は、英語版ミク「初音ミクV3 ENGLISH」も手に入れたいと思うはずだ。ただし、初音ミクV3とは別パッケージとなる予定で、別途購入しなければならない。こちらにも同様に音楽制作ソフトがバンドルされる。
英語版ミクの新しいデモ曲は、それほど日本語くささは感じることがない。これまでのデモで感じていた日本語なまりの英語からかなり進化したものだ。これについて伊藤社長に聞いてみた。昨年10月時点での、海外での評価はいまいちで「しぶかったですね」。発音に問題があったらしい。
初音ミクの歌声の中の人である藤田咲さんには課題を出して勉強してもらっていたのだが、最近になって、ネイティブ・スピーカーの社員が前日にレッスンし、スタジオでも修正しながら収録をしたという。そのかいあって、パリのJapan Expoで行われた英語ミクのデモは評判が上々だった。そのデモ曲「Coming Together」は、ニコニコ動画のクリプトン公式チャンネルで聴くことができる。
Macに対応した「初音ミクV3 ENGLISH」が海外で発売されれば、GarageBandユーザーやLogic Proユーザーなど広範囲のユーザーが気軽に初音ミクの歌声を使えるようになる。「ミクの声は海外ではすべてに受け入れられるとは思ってないけど、面白いと思ってくれるミュージシャンもけっこういる」と伊藤社長。日本のクリエイターが「世界を股にかけて活躍」するきっかけとなることも期待している。
初音ミクV3、英語版の詳細は8月上旬に明らかになる。
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