9月3日から12日までの日程で、私が撮影ガイドを務めるフォト・サファリを催行した。今回の目的地は南アフリカのマラマラ動物保護区とボツワナのマシャトゥ動物保護区の2カ所だった。ガイドである以上、ツアーに参加してくれた人たちに心行くまで写真を撮ってもらうことが仕事なわけだが、当然自分もかなりシャッターを切った。そして今回の旅には個人的な目的も1つあった。それは新たに入手したニコン「D810」の初の実戦テストだ。発売されて約2カ月も経つ機種なので、製品レビューはデジカメプラスも含めさまざまな媒体ですでにご覧になった方も多いと思うが、ここではアフリカのサバンナで野生動物相手に使ってみた私の個人的な感想を述べてみたい。
連写速度の向上
これまで「D800」を使っていて一番大きな悩みだったのが連写速度の低さだ。もともと発売された当初は、風景写真やスタジオ撮影など、中判デジタルカメラを必要とする人々をターゲットにしていたわけで、連写速度はさして重用視されていなかった。とはいえ、圧倒的な高画素が比較的安価で手に入るとなれば、風景やコマーシャル以外のジャンルでも使いたいと思う人間が出てくるのは当然で、動物写真も例外ではなかった。事実、私の周りでアフリカの野生動物を撮るニコン使いたちは、こぞってD800や「D800E」を購入した。
ところが、連写速度の問題はすぐに話題になった。秒間4コマというのは、素早く動く哺乳類や鳥類を撮るにはあまりにも遅過ぎたのだ。特に「D4」とセットで使っていると、その遅さが際立ってしまい、フラストレーションの原因ともなっていた。これがD810になって秒間5コマに向上した。たかだか1コマと思われるかも知れないが、1秒のうちの4コマと5コマの差というのは、ただ数字で見る以上に大きいのだ。さらに、バッファメモリーが増えたことによって、1回に撮り続けられる写真の枚数も増えた。D800では、肝心な時にバッファが一杯になってしまい、何度も泣かされたが、この点でも使い勝手が大きく向上したので、実にありがたい。
確実に進化したAF性能
連写速度と並び、動物写真を撮る上で重要なのがAFの合焦精度だ。D800のAFはどうもイマイチで、特に動いている被写体へのフォーカスの食いつきが決してよくなかった。D810ではAF-ONボタンを押してからピントが合うまでのモーションに迷いが減り、一発でピシッと決まるようになったので、撮っていて非常に気持ちがよい。さらに、グループエリアAFの追加は嬉しい進化だ。動いている相手の顔、あるいは目に、AF-Cモード(動体予測AF)でピントを合わせたい時、小さなAFエリア一個をターゲットに重ね続けるのは至難の技だ。この点グループエリアAFなら、多少位置がずれてもピントがすっぽ抜けることがない。今回、自分に向かって走ってくるチーターの子供を撮った時にも、かなりの確率でしっかりと顔にピントが合っていた。また、逆光時の合焦も迷いが少なくなり、この点も改良されている。
静音化したシャッター
モデルチェンジでシャッターメカニズムにも変更が加わり、ミラーショックが大幅に軽減された。D800/D800Eではミラー可動時のショックが大きく、ブレの原因として問題視されていたためだ。私はブレ自体はさして気にしていなかったのだが(気付いていなかっただけかもしれないが)、むしろ気になっていたのは作動音のほうだった。生物を撮る際、とりわけブラインドから鳥類を狙うシチュエーションなどであの“ガシャン”というシャッター音は、相手が音に驚いて逃げてしまう原因となっていた。ドライブモードをQにしても、シャッターチャージが遅くなるだけで、音質が変わっていたわけではないので、大して役に立たなかった。リニューアルによってこれらの点は劇的に改善され、ミラーショックも作動音も極めてソフトになった。
高感度時のノイズ
アフリカのフィールドでは日の出前や日没後の薄暗い状況で撮影したり、夜間にスポットライトのみを光源として写真を撮ったりすることが結構ある。そのような状況では、シャッタースピードを稼ぐためにどうしても感度を上げざるを得ない。当然ノイズレベルが一番の障害となるわけで、特に光が当たっていないシャドー部分のカラーノイズは非常に気になる問題だ。今回の旅では、インパラを食べるライオンに夜間遭遇し、両サイドからのスポットライトのみで撮影を試みた。ISO5000でシャッタースピードが1/50秒。結果は非常に良好で、高感度特有の解像感のロスはあるとはいえ、背景の暗闇に目立ったノイズが全然浮いていなかったのには驚かされた。高感度域でも安心して写真が撮れるのは、野生動物を撮る人間にとってありがたいことこの上ない。
細かな外部形状やボタンレイアウトの変化
外観に加えられた細かな改良も見逃せない。個人的に気に入ったのはグリップの形状だ。D800ではかなり丸みがあったのだが、D810のそれは、よりシャープなデザインとなり、指にしっかり引っかかってくれるようになった。また、中指の位置に窪みが加えられて、握った時の感覚がD4と近くなり使いやすくなった。もう1つ好感を持ったのが測光モードスイッチの移動だ。以前はAF-ONボタンの隣のAE/AFロックボタンと同軸に配置されていたが、これは気付かぬうちに何かに引っかかって切り替わってしまう「事故」の原因となっていた。モード切り替えボタンの位置がD4シリーズと同じボディ左上になったことで、安全性と使い勝手がとてもよくなった。
一瞬で勝負が決まるフィールドでは、カメラがまごついていると、二度とないチャンスを逃して悔しい思いをする。もちろん、いい瞬間を撮り逃すのは自分のせいもあるわけだが、合焦速度や精度の向上、連写速度と撮影可能コマ数の増加といったさまざまな改良が加えられたD810は、動物写真を撮る道具として確実に進化し、より安心して、且つアグレシッブに撮影に臨めるカメラとなったことは間違いない。
著者プロフィール
山形豪(やまがた ごう) 1974年、群馬県生まれ。少年時代を中米グアテマラ、西アフリカのブルキナファソ、トーゴで過ごす。国際基督教大学高校を卒業後、東アフリカのタンザニアに渡り自然写真を撮り始める。イギリス、イーストアングリア大学開発学部卒業。帰国後、フリーの写真家となる。以来、南部アフリカやインドで野生動物、風景、人物など多彩な被写体を追い続けながら、サファリツアーの撮影ガイドとしても活動している。オフィシャルサイトはGoYamagata.comこちら
【お知らせ】山形氏の著作として、地球の歩き方GemStoneシリーズから「南アフリカ自然紀行・野生動物とサファリの魅力」と題したガイドブックが好評発売中です。南アフリカの自然を紹介する、写真中心のビジュアルガイドです(ダイヤモンド社刊)
関連記事
- 山形豪・自然写真撮影紀:アフリカで子供の笑顔を撮る
普段は自然や野生動物を主に撮るが、今回は子供の話。撮影時に注意している点とは。 - 山形豪・自然写真撮影紀:雨の鳥海山で風景写真に挑戦
日本で自然写真を撮ることは少ないのだが、縁あって鳥海山の周辺で撮影をする機会があった。当初は麓で撮影するつもりだったが、登ってみたくなり、鳥海山の山頂を目指してみた。 - 山形豪・自然写真撮影紀:人とげっ歯類の複雑な関係
げっ歯類(げっ歯目)とは、言わばネズミの仲間のことだ。嫌いな人もいれば、大好きという人もいる。歴史的に見ても、ネズミと人とは様々な関わり合いを持っている。今回はそんなネズミについて。 - 山形豪・自然写真撮影紀:野生動物写真におけるストロボの利用法
野生動物写真においてはあまり出番の多くないストロボ。しかし、ここぞという時には不可欠な機材でもある。 - 山形豪・自然写真撮影紀:ボツワナ・マシャトゥ動物保護区への誘い
アフリカには多くの国立公園や動物保護区が存在する。マシャトゥ動物保護区もその中の一つだが、野生動物写真家の目線から見ると格別に写る魅力が無数にある。
Copyright© 2014 ITmedia, Inc. All Rights Reserved.