2013年8月から有料作品の販売をスタートしたスマホ小説・コミック投稿サイト「E★エブリスタ」(以下、エブリスタ)。それから数カ月後の12月には月間の売上が100万円を超えるクリエイターが誕生、さらに今年1月には2人目の100万円プレイヤーを輩出し、勢いを加速させている。
エブリスタ上で人気を博した作品の中には書籍化され、実書店に並ぶものもある。年間100冊以上もの書籍化実績を持つエブリスタは、作品を売れる商品にするためのノウハウや作家を育てる環境をどう整備してきたのか。同社代表取締役社長の池上真之氏に聞いた。
内側だけを見ていてもダメ “外側にいる読者”を取り込む動きをスタート
—— 昨夏に作品の有料販売を開始して以降、有料作品の売り上げはいかがですか?
池上 好調に推移しています。月ごとに小さな上下はありましたが、現在の売上規模は有料販売を開始した8月と比べ、5倍以上になっています。
—— 売り上げが下がった際にはどのような施策を行ったのですか。
池上 例えば作家に寄り添ってサポートするレーベルを立ち上げたことが挙げられます。「小さな編集部」をイメージし、作家と私たちがともに作品を盛り上げることで、売上は徐々に伸びていきましたね。
また、1月上旬にリリースしたスマホアプリ「オトナの恋愛小説 −エブリスタウーマンー」で、20〜30代女性から支持を集める作家の作品を販売していますが、こちらの成果も大きいと感じています。
—— レーベルはエブリスタ内部の活性化、アプリはエブリスタ外部からの流入・新規ユーザー獲得を目指すための施策ということでしょうか。
池上 どちらも外部を意識したものですが、レーベルは作家向け、アプリは読者向けに作りました。外部を意識するようになったきっかけは、昨年9月から作家の石田衣良氏とエブリスタで始めた「ノベリスタパーク」でした。
ノベリスタパークは、新しい時代のプロ作家を育成・発掘しようと始めたプロジェクトなのですが、この取り組みを通じて、わたしたち、そしてエブリスタで活躍いただいている作家のいずれもいつのまにかエブリスタ読者を中心に考えすぎ、『エブリスタ脳』になってしまっていることに気づかされたのです。
既存の読者を大切にすることはもちろん大事ですが、作家もわたしたちももっとエブリスタの外の世界を見て、新たな作家・読者を輩出し、新しい風を作っていかなくてはならないと改めて思いました。
特に外からやってきた新たな作家は、エブリスタの文化に馴染みがない方で、だからこそ大きな可能性を持っています。とはいえ、何の助けもなしに既にファンを抱えている作家たちと戦うのは大変です。新たにエブリスタで執筆するようになった作家にレーベルを活用していただきたいですね。
ユーザー全員に課金してもらおうとは思っていない
—— 有料作品を購入してもらうこと、言い換えるとコンテンツの課金はその動機付けが難しいですよね。もともと無料で読めることを特徴の1つとしていたエブリスタで購入してもらうために、どのようなアイデアがあったのでしょうか。
池上 お金を支払うという行為はハードルが高く、当然ためらわれる方も少なくありません。もともと無料で読めていたものでもあるからこそ、「これならお金を払ってもいい」と納得した上で課金していただきたい、ではそうした安心感や信頼感をどう作ろうかと模索する中で、1日1話無料で読める仕組みにしたことが功を奏したと思います。
これは、毎日1話ずつでよい方には無料で楽しんでいただき、一気に読みたい方には課金していただくというものです。コンテンツへの課金というよりは時間に課金するこのアイデアは、一見すると売上が減りそうに思われるかもしれませんが、長い目で見ると読者を増やしながら売上を徐々に伸ばしていくことにつながります。
すべてのユーザーにお金を払ってもらおうと思ってもまず無理です。例えば、1日3000人くらいの読者を抱える作品がありますが、その中で課金しているのは200人ほど、無料で楽しんでいる方もいるし、買ってくれる人もいる——これが両立する世界にしたのです。
—— 課金する人が増えているのは、作品自体の質がよくなっていることもあるかと思います。これには作家支援制度が大きく貢献しているのでしょうか。
池上 確かに1月にスタートした「スマホ作家特区」をはじめ、複数の支援制度を整備したことで作品の質は上がっています。有料化して売れる作品が増えてきたほか、出版社との協業の結果、商品として見てもらえる作品数が増え、毎月10冊前後書籍化されていることもそれを示しているといえます。
これまでは優れた内容でも、タイトルがよくなかったり、スマホ小説ならではのテクニックやセオリーを知らないために、書籍化に至らなかったケースが多々ありました。出版業界では編集者が作品を整えてくれますが、エブリスタにはそうした仕組みはありませんでした。だからこそ、作家がきちんとサポートを受けられる仕組みを持ち込んだことが大きかったのだと思います。
—— これまで以上に人の手が関わる支援が行われている、ということですね。
池上 はい。これまでもレーベルやコメント機能など、ハード面でのサポートはありました。しかし、ソフト面でも作家を支援する必要があると感じていました。例えば、読者からのコメントで作品がよくなっていく、といったことはありましたが、出版業界のようにプロからのアドバイスを受けられることも大事だなと。
そうした取り組みの1つとして、「START!!マ—ガレット」が挙げられます。これは、集英社『マーガレット』との協業で生まれたもので、出版社への作品持ち込みをネット上でできる仕組みを整え、同誌の澤野雄二編集長が添削したりアドバイスしたりするんです。その様子は編集部に参加しているほかの作家も見ることができます。
マーガレットとの協業に関しては澤野編集長が、執筆未経験者が小説を書く間に作品が生き物のように変化していくのを見て、「この作り方はマンガでもできるのではないか」と根本の部分に共感してくださったんです。そこでわたしたちから「出張編集部のような取り組みをネット上で一緒にやっていただけないか」とお願いしてスタートしました。
最初は公衆の面前で添削するのは皆嫌がるのではないかと思っていたのですが、指摘された個所をコツコツと直しながら作品作りが進んでいます。コメント機能というハード面での機能をぽんと置いておくだけではなく、ソフト面でのサポートが大事だと実感しています。
金儲けより文化革新を意識してアプローチしてくる出版社
—— 出版社から書籍化に関する相談が寄せられることはありますか。
池上 私たちが気づいていなかった作品が、外側(出版社)から発掘されることはありますね。エブリスタには各ジャンルで「地域別ランキング」というランキングも用意していますが、そこで気になった作品をピックアップし、書籍化を提案されることもあります。出版社も新たな才能を探しているのです。
—— 出版業界にも新たな動きやコラボレーションを積極的に模索している現状があるように感じました。
池上 コンテンツ業界はある種特殊かもしれませんが、お金儲け云々というよりは文化革新への意欲の方が大きい印象があります。ご一緒させていただいている出版社の方々も個々に危機感を抱えており、新しいことを始めたいという熱意を感じます。既存の出版を続けなくてはならない中で、なかなかよい打開策を見つけあぐねているところに、ひとつの新しい取り組みとして私たちと協業していただけているのだと思いますね。
野望は日本人全員をクリエイター化させること
—— 最後に今後の展望を教えてください。
池上 一億総クリエイター化、日本人全員が作家になれるような仕組みを作りたいです。以前と比べると土壌もできつつあるように思います。誰もが自らの物語を語ったり、ものづくりができるようになるのが理想です。
有料作品販売を開始したことで「お金をもらえるなら書く」という方を取り込んだのが2013年。ただ、ものづくりのモチベーションはお金だけではなく、読者の存在や自己実現などさまざまです。作家活動に対し多様なモチベーションを持つ人々に入ってきてほしいと思います。ケータイ小説くらいの社会的なムーブメントにしていきたいですね。
—— スマホ作家、何年以内に実現させたいですか。
池上 3年以内には実現したいです。
そこに至るまでには2段階あり、第1段階は素晴らしい作品や作家を集め、「個人の作品がこれほど面白いなんて」と知ってもらうことです。この1年でエブリスタは出版関係者への認知も広がりましたが、例えば都市部のサラリーマンには意外なほど知られていません。まずは利用者を増やし、個人が作った作品を読む文化を作りたいです。
第2段階はそれを「産業」化することです。ソーシャルゲームのようにひとつの産業としないと、2〜3年限りのブームになってしまいます。ブームは必ず終わってしまうものですから、ブームにはしたくないんです。ケータイ小説を超えるような認知を獲得し、ひとつの文化として築き上げた後、産業として発展させていく——それがわたしたちが見るエブリスタの未来です。
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