ファンが自分の好きな作品を素材に、音楽などを組み合わせて再構成する、いわゆるMADと呼ばれる作品群。2013年12月、集英社の週刊少年ジャンプ編集部がniconicoとのコラボレーション企画として、静止画MAD(静止画を使ったMAD)を募集する「静止画MADコンテスト」を実施した。
週刊少年ジャンプで連載中の『食戟のソーマ』(以下、ソーマ)と『ワールドトリガー』(以下、トリガー)を題材としたMADの一般募集。ユニークな取り組みだが、企画にはどういった意図があるのか。
企画の仕掛け人で、コンテスト対象作品となった『食戟のソーマ』(以下、ソーマ)と『ワールドトリガー』(以下、トリガー)の担当編集者、中路靖二郎さん、服部ジャン=バティスト哲さんに話を聞いた。
MADはファンアート、公式が関わるのは野暮?
—— 今回の静止画MADコンテスト、MADに公式が関わるユニークな企画ですね。この企画はどのようにして生まれたのですか。
中路 元々は、私が担当するソーマと、服部が担当するトリガーで年末に宣伝企画をやろうというものでした。企画の内容に悩んでいたときに、浅田(編注:ジャンプ副編集長の浅田貴典氏)から、「最近MADが盛り上がっていてすごい才能もいるよ」という話があり、じゃあドワンゴさんと組んでMADやっちゃえばいいじゃんっていう話になって。
—— そのときのノリが伝わってきそうです。
中路 私は最初戸惑いもありましたが、最近のMADを見てみると確かにものすごくレベルも上がっていて、面白い才能を持った人たちが固まっているのだから、そういう人たちとのつながりを作れれば、いろいろその先の展開もあるんじゃないかと。
服部 僕は、あまりネットには詳しくなくて、MADも知らなかったんです。だから、そういう面白いものがあるのなら、使えればラッキーだよね、くらいの気持ちでした。中路さんは最初抵抗あったんですか。
中路 抵抗があったというか、MADって基本的にはファンアートだと考えているので、それに公式が関わること自体が野暮なんじゃないかという意味。僕らが入ることで、変に硬直化したらやだな、と。だから、今回の企画では、できるだけ自由に、制限なく作ってもらえるようにし、その辺の垣根があいまいになるようにしました。
—— ジャンプ編集部はMADに対してどのようなスタンスなんですか?
中路 私の個人的な意見ですが、正直、プロモーションになればいいや、くらいに考えています。あまりにも悪質なものなどが出てくれば別ですが、そこは言ってもしょうがないことだと思っています。
服部 編集部の中でも、MAD作品が上げられれば上げられるほど、「人気が出てきたな!」という感じになります。今回の企画で少し懸念していたのは、ネットだからということで罵詈雑言の類が集まるんじゃないか、というものでしたが、そういう類のコメントもほとんどありませんでした。
中路 MADってファンアートですから、作った人は「この作品のここに魅力を感じているんだ」っていうのを切り取っているものだと思うんです。ニコニコ動画では、さらにそれを見ているユーザーのコメントも入る。そうすると、「この作品ではこういうポイントがファンの心に響いているんだな」というサンプルにもなります。
『食戟のソーマ』原作・附田祐斗先生、作画・佐伯俊先生がコメント
- Q:自身の作品がMAD素材となることをどう思いますか
自分のキャラがマンガ以外のメディアで動くというのは、作者としても凄く新鮮で楽しみです。ニコニコ動画はほぼ毎日見ていて大好きなので、公式でこういった試みをさせてもらえるのは非常に感慨深いです(附田)
楽しいです!(佐伯)
- Q:こんなMADは嫌だ、あるいはこんなMADは歓迎というものは?
「あのシーンをこう使ったか!」というような演出があると嬉しいですね。また、MADの肝はやっぱり音楽だと思うので、音とバチッとシンクロした作品が見たいです(附田)
(線引きは曖昧ですが)単純に作品を貶めているもの(佐伯)
- Q:今回のコンテストを通じて得られた気づきなどはありますか?
MADはネットという限定された場所で育ってきた文化ですが、だからこそメチャクチャ深く浸透してるなぁと感じました。その持ち味が良い方向に働くようなコンテストになれば素敵だと思っています(附田)
皆様素晴らしい技術と創造力を発揮されていたので尊敬します!(佐伯)
—— すでに一次審査は終わり、二次審査中かと思いますが、応募はどれくらいありましたか。
中路 ワールドトリガーが69本。ソーマが27本です。動画そのもののレベルも高かったですし、やはり作品に対する思い入れの度合いが違うから、作品のポイントを押さえたものばかりでした。
内容的にも、例えばソーマだと、ギャグっぽい、ネタみたいな感じになるのかなと思っていましたが、意外とおしゃれでかっこいい感じのものが多くて。ネタのものも何本かありましたが、ネタに寄せちゃうとあまり面白くない、みたいな感じになってしまっていて、それは少し意外でしたね。
服部 実は、単行本の発行部数ではソーマの方が多いんです。普通に考えれば単行本の部数と応募数は比例しそうなものですが、それが逆転しているのも、作品に新しい可能性を感じられる結果でした。
—— 今回は公式に素材提供なども行われたんですよね。MAD素材の楽曲はニコニコ許諾楽曲リストから選ぶなど、取り組みに当たっては著作権など権利面での配慮もあったのではないかと思います。その辺りはどんな認識をお持ちですか?
中路 2次審査からはデータなどの素材を提供し、1次については、今回のキャンペーンに限り、自身で購入した漫画やジャンプをスキャンするなどしてご応募ください、という形で取り組みました。無料で3話公開している電子版のデータなども提供しましたね。不安がなかったわけではないのですが、愛があれば大丈夫だろうと。
—— 今回、グランプリ作品(両作品1本ずつ)は週刊少年ジャンプの“公認”MADとして、公式サイトで公開したり、今後静止画MADの制作が依頼される可能性もあるとのことですが。
中路 少し前から、作品の紹介動画、いわゆるプロモーションムービーを書店の店頭などで流しているのですが、そうしたクリエイティブの制作を仕事としてお願いすることなどを考えています。
最近ではランサーズというクラウドソーシングで個人の方を募ってみたりもしていますが、それだけではなく愛があって、作品のことをよく理解してくれている人と組んで仕事をすることでまた新たな広がりが持てるのではと期待しています。もちろん、権利関係などの難しい問題はありますが、その辺は一旦置いておいて、まず才能を捕まえようというのが企画の意義です。
—— ランサーズですか。クラウドソーシングを利用されてみていかがでした?
服部 結果的に僕らはいい人に巡り合えましたが、相手を選ぶときにまったく保証がないので、そのリスクはあるなと思いました。企業と個人でのメリットとデメリットのバランスもあります。相手はジャンプという看板を持った仕事に関われたことになる一方、僕らは、今回はいい方が相手でしたからよかったですが、そうでなかったときのことを考えると少し怖いですね。僕らの看板も、そこまでのリスクを取るほどチープなものかと自問するきっかけになりました。
中路 いずれにせよ、いい方と巡り合えたことはよい経験になりましたし、こうしたつながりを作っていくこと自体は必要だなと思います。
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