ハードウェアメーカーは1日にして成らず
今春から夏にかけて、「enchantMOON」というタブレットデバイスが一部で注目を集めた。
当初はその先鋭的なコンセプトに期待が集まったものの、想定以上の予約が入ったとのことで、度重なる出荷遅延が発生。そして最終的に出荷された製品の挙動に対しては、「コンセプトが具現化できていない」や「出荷されるレベルに達していない」として、失望を顕にする声がネット上に多く挙がった(そうした未完成の部分を含め、楽しんでいる方も見られるが)。
ユーザーによってネット上に公開された分解写真を見ると、内部のフレキシブルケーブルが通常では考えにくい方向に折れ曲がっていたり、未実装のコネクタやボタンが多数あるなど、一般的な量産品にはあまり見られない手作り感にあふれている。特に前者の実装については、たとえファームウェアが今後順調に改善されていったとしても、ハードウェアが早い段階で故障しかねず、そうならないことを祈るばかりだ。
筆者は本件の内部事情について詳しく知る立場になく、また発表時点からずっと追いかけているわけではないため、一連の出来事自体への批評は避けるが、コンシューマー向けに出荷される一般的な製品とはかなり異なる品質基準をみるにつけ、量産に至るまでのプロセスに、相当に根深い問題をはらんでいるように感じられてならない。
そこで本稿では、特に製品を限定せず、一般的にこうしたハードウェアがどのような試作のプロセスを経て量産に至るのか、そしてその過程でどのような問題が起こりうるのかをみていくことにしよう。
「デザイン試作」「機能試作」を経て「製品試作」へ
製品はその開発プロセスに応じて「試作品」「量産品」といった2つに区別されることが多い。もっともこれは外部から見た場合の大ざっぱな分け方であり、試作品の中にはさらに細かい区分があり、量産品にもやはり細かい区分があるのが常だ。「試作品」「量産品」はあくまで大分類であり、その下には中分類や小分類がある。
例えば試作品であれば、デザインを検討するために作られた「デザイン試作」が挙げられる。見た目は最終形態に近いが、これは機能としては満足に動作しない。俗にモックと言われるのがこれで、最近では3Dプリンタが活躍し得る事例として注目されている。
一方、製品の機能を検討するために作られた「機能試作」というのがあり、これは機能としては最終形態をなぞっているが、動作を優先しているため、デザインは最終形態とは似てもつかないことが多い。往々にしてデカくて重く、コアになる回路が内蔵できず、外部に露出していることもザラだ。ワーキングサンプルなどと呼ぶこともある。
これら2つは、それぞれ1種類だけ作られてハイ終わりというわけではなく、最終版が完成するまでに、ブラッシュアップされつつ何度も作り直される。機能試作は大抵はバージョンアップしつつ世代を重ねていくが、デザイン試作の場合は複数のデザイン案を比較検討する際にイラストや図面だけで決めることができず、並行して複数のデザイン試作が作られる場合も多い。よく開発者インタビュー記事などで、最終形態とはデザインが異なる企画段階の試作品がズラッと並んだ写真が載っている場合があるが、あれがデザイン試作の試行錯誤の跡というわけだ。
この「デザイン試作」と「機能試作」を擦り合わせつつ、最終形態に近いデザインおよび機能を持つ製品を作っていくことになる。これが「製品試作」で、デザインと機能が相反する場合は、その都度どちらを優先するかを見極める必要が出てくる。この段階では、量産をまったく想定していないわけではないが、どちらかと言うと完成品をまず作ってしまおう、という考え方で進められることが多い。よくロボットアニメなどで出てくる、量産モデルよりもスペックが高いワンオフモデルは、この段階の試作品を指している、と考えれば納得がいく。
「問題がある新製品」への支援はアダになる?
さて、製品試作が完成したら、続いて量産ラインに流すのに最適化した製品を作り、実際にその手順で生産してみる。これが「量産試作」だ。製品試作では何ら問題がなかったが、金型を作ってみたところ歩留まりが悪く、生産すればするほど赤字になることが分かったとか、量産品と同じ素材に変更してみたところ、発熱し過ぎてフリーズしまくることが発覚したとか、そうした問題が出てくるのがここだ。
その場合、製品試作に戻ってやり直しとなるわけだが、この段階で取り返しがつかない状態となっていることもある。例えば、量産すると採算面での問題があり、そこをクリアしようとすると、今度は機能面に問題が出てくるという、落としどころがまったくないケースだ。
どれだけアイデアを出しても手の打ちようがなく、行き詰まってしまった場合、この段階で「開発中止」(あるいは開発初期からやり直し)とするのが妥当な選択なのだが、ここまでの段階で既にデザイン試作と機能試作、製品試作を行うなどして多大なコストがかかっており、ここで中止となると、主に社内に対して面目が立たなくなってしまう。企画担当やプロジェクトマネージャーにとっては、この1件で干されてしまって今後永遠に開発リーダーを任せてもらえない可能性もある。
となると、たとえ問題点は残っていたとしても、なんとか発売にこぎつけて、ほんの一部のユーザーにでも支持してもらおう、という発想が出てくる。彼らにとっては「発売して大クレームもしくは大赤字」よりも「発売せずに中止」のほうが、致命的であるわけだ。うまく一部のユーザーからでも支持が得られれば、製品ではなくマーケティングが適切でなかったという話にすり替え、開発部門は非がなかったように振る舞うこともできなくはない。ユーザーからすると、1つでも製品のよいところを見つけて支援してあげようという善意が、逆に彼らにうまく利用されてしまっているわけだ。
ここで会社として求められるのは、事情をくみとって引導を渡してやれる適切な管理職の存在なのだが、例えば年に1回のペースで定期的なモデルチェンジをしている製品の場合、万一製品が出ないことになれば、営業部門から批判が噴出し、下手をすると事業部長自身のクビまで飛びかねない。株主が絡んでいるとなおさらだ。
また製造部門や仕入部門についても、新製品の投入を見越して現行製品を終息させる方向で話を進めているため、新製品がコケたので当面は従来製品で行きましょうと言われても、その時点ですでに対応できなくなっていることも多い。結果的に「問題があることが分かっている新製品」を、世に送り出さざるを得なくなるわけだ。
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