富士通は2013年8月20日、視覚障がい者や色覚障がい者のアクセシビリティを高めるための診断ソフトウェアツール群「富士通アクセシビリティ・アシスタンス」の無償提供を終了した(参照記事)。このニュースはSNSでの反響も大きく、ユーザーから「なぜこのような素晴らしいサービスが終了してしまうのか」との声が多く聞かれた。
同様のツールは他にもあったが、富士通アクセシビリティ・アシスタンスが愛用されるのにはわけがあった。富士通アクセシビリティ・アシスタンスは、3つのツール群「WebInspector(ウェブインスペクター)」「ColorSelector(カラーセレクター)」「ColorDoctor(カラードクター)」から構成されており、それぞれ以下の特徴が挙げられる。
WebInspector
- ローカルフォルダを指定した場合、サブフォルダのHTMLまで一括でチェックでき、結果をCSVで保存できる
ColoSelector
- OK/NG判定のみならず、使用可能な色をカラーパレットから知ることができる
ColorDoctor
- 透過モードで、PC画面上すべてのコンテンツのシミュレーションができる
- 動画など動いているコンテンツに対しても、リアルタイムにシミュレーションできる
なんといっても、最大の魅力は操作の容易さだろう。説明書を一切読まなくても直感的に操作できる点が多くのユーザーを虜にした。
この件について、富士通アクセシビリティ・アシスタンスの担当者に取材を依頼。サービス終了による今後の対応策と、そこに至る背景を聞いた。
なぜ、同社はこのような有用なツールの提供を終了したのか。サービス終了に当たり大きく影響した出来事が、経済産業省の審議会「日本工業標準調査会(JISC)」が定める国家規格「日本工業規格(JIS)」の変更だ。本規格(JIS)の原案および改正案は、一般財団法人 日本規格協会(JSA)によるもの。今回話題となった富士通アクセシビリティ・アシスタンスは、2004年6月20日に制定された「規格番号:JISX8341-3」を基に提供していた。
しかし、規格番号「JISX8341-3」は、次に述べるような内容で2010年8月20日に改正。それからちょうど3年が経った2013年8月20日、富士通はサービス提供終了を決定した。
新規格と旧規格で内容はどのように異なるのだろうか。具体例を聞いてみた。
例1 色のコントラスト
2004年に制定された規格「JISX8341-3」上での表記
5.5c (推奨)
画像などの背景色と前景色とには、十分なコントラストを取り、識別しや
すい配色にすることが望ましい
5.6c (推奨)
フォントの色には、背景色などを考慮し見やすい色を指定することが望ま
しい
2010年に制定された規格「JISX8341-3」上での表記
7.1.4.3 最低限のコントラストに関する達成基準 (等級AA)
テキスト及び画像化された文字の視覚的な表現には、少なくとも 4.5:1
のコントラスト比をもたせる(参考)。
7.1.4.6 より十分なコントラストに関する達成基準 (等級AAA)
テキスト及び画像化された文字の視覚的な表現には、少なくとも 7:1 のコ
ントラスト比がある(参考)。
富士通アクセシビリティ・アシスタンスではおおよそのチェックは可能だが、新JISの数値基準(計算式)を用いたチェックはできない。
例2 画像の代替テキスト
2004年に制定された規格「JISX8341-3」上での表記
5.4 a (必須)
画像には、利用者が画像の内容を的確に理解できるようにテキストな
どの代替情報を提供しなければならない
2010年に制定された規格「JISX8341-3」上での表記
7.1.1.1 非テキストコンテンツ(等級A)
利用者に提示されるすべての非テキストコンテンツには、同等の目的を
果たす代替テキストを提供する(参考)。
こちらの例では、alt属性の有無をチェックすることや、画像にalt属性を付けるよう求めていることに変わりはない。しかし、新JISでは代替テキストの内容・妥当性にまで言及している。富士通アクセシビリティ・アシスタンスでは、内容・妥当性までのチェックはできず、目視での確認が必要だ(参考)。
このように、旧基準に沿ったツールとしては問題なく利用できるものの、新基準に対応していないとの理由により、サービス終了となった。また、2011年5月に総務省から新基準に対応した同様のツールが無償提供されるようになったことも、理由の1つだという。
担当者は話す。「今回、対象サービスの無償提供を完全に終息することになりました。今後、有償での提供予定もありません。
今回のサービス終了は、運営維持費などの金銭的理由によるものではありません。旧規格に対応した富士通アクセシビリティ・アシスタンスは、10年間の無償提供を通じて、役割を果たせたのではないかと考えています。富士通は『誰もが参加できるICT社会の実現』を目指し、今後も継続してユニバーサルデザインに取り組んでいきます」(同氏)。
また、富士通アクセシビリティ・アシスタンスのオープンソース化の可能性については、次のような回答があった。「今後、検討はしてみたいと思いますが、現実的には困難だと考えています。理由は、知的財産権や富士通側のノウハウの問題、ビジネス的観点といったさまざまな課題があるためです」。
担当者は、最後にこう語る。「今回の件について、Web上でさまざまな意見がありますが、『約10年にわたり、大変有用なツールを提供いただいてきたことに感謝したいと思います』『富士通さん今までありがとうございました』などのコメントがあり、富士通アクセシビリティ・アシスタンスをこの世に出し、皆さまに使っていただいて本当に良かったと関係者一同思っています」。
なお、同氏は今後の代替ツールとして、以下のソフトを挙げている。これらのツールは、富士通アクセシビリティ・アシスタンスが備えていたすべての機能を持つわけではないが、どれも無償で提供されており新規格にも対応している。
- 総務省:miChecker(エムアイチェッカー)
- インフォアクシア:エー イレブン ワイ
- NTTデータ:HAREL(ハレル)
多くのユーザーに愛され、その役割を終えた富士通アクセシビリティ・アシスタンス。そのビジョンは、今後新たなるツールの魂として引き継がれていくだろう。
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