筆者はMONOistに長年寄稿しているが、いわゆる通り一遍の“モノづくり”を取材することは、ここ数年ほとんどなくなった。もとより、ITや要素技術開発、製品評価などに時間を割くことの方が多い筆者だが、こうした変化の背景には、少なからず“製品”の枠組みが変わってきたことが影響しているものと考えられる。
製品に対する枠組みの変化として、“より良いモノ”であるかどうかの評価基準が変わってきたことが挙げられる。従来、ハードウェア部分で性能や品質の良いものが高い評価を得てきたが、今はそれだけでは“より良いモノ”として単純に評価されなくなった。こうした変化は、経営や事業戦略といった面の話を聞く機会が増えた筆者の取材活動からも見て取れるが、企業側は従来の考えを改め、“より良いモノづくり”のために何ができるのか、自社製品に何らかの創意工夫を加える努力が求められるようになった。つまり、企業として、こうした意識改革に取り組めるかどうかが、この変化の波を乗り切るために必要なことだといえる。
変化に対する経営者側の反応はもちろん敏感だが、開発現場や商品開発プロジェクト全体を取り仕切っているような人たちにとっても、モノづくり産業全体の風景が大きく変わりつつあるのではないだろうか。
分岐路の先は下降だけではない
先日、ディスプレイ産業全体を見据えた動向調査やコンサルティングを行っているディスプレイサーチが主催する「ディスプレイサーチフォーラム」の第25回記念パーティーで、5分ほどスピーチをした。
ご存じの通り、ディスプレイ産業は大きな岐路に立たされている。特に、薄型テレビの普及で急速に伸びた液晶・プラズマ産業は、まずプラズマが主流から脱落し、大型液晶も収益性の高い事業ではなくなってきた。大型有機ELパネルも商品化はされたが、うまく立ち上がっているとはいえない。
ディスプレイ産業は「大型投資によるチキンレース」といわれた装置産業の代表分野だが、さらなる大型投資へと向かうには限界であることは明らかで、大型ディスプレイの産地は日本から韓国・台湾、そしてあっという間に中国へと向かった(さて、それもどうなるのか……)。加えて、テレビ販売台数の落ち込みや単価下落が、追い打ちを掛けている状況だ。そうした中で行われた記念パーティー。材料メーカーや装置メーカー、最終製品を作る家電メーカーなど、さまざまな人たちが集まる中で、苦境を訴える声が聞かれたのも、もっともなことかもしれない。
ディスプレイ産業に長く関わってきたプロフェッショナルに、筆者のようなジャーナリストや評論家がアドバイスできることは少ない。具体的なアドバイスはできないが、筆者は「この“大きな岐路”は、向かうべき進路を間違わなければ新たな事業機会を見つけるチャンスになるだろう」と話した。
プロセス処理で生産するディスプレイパネルは、これまで“巨艦大砲主義”が正義とされてきた。しかし、今、パネルメーカーが苦しんでいる様子は、ある程度予想されていたこととはいえ、哀愁を感じざるを得ない。
組み立てが難しいものを“頑張って”作る。絶望的な歩留まりのプロセスを“頑張って”開発する。“頑張って”大規模投資を先行させる。そんな前時代的なモノづくりの頑張りとは違う軸での頑張り方を探さねばならない。それは一言でいえば「知恵を絞る」ということだ。無論、これまでも創意工夫は行ってきたが、労働力と労働力の質での勝負に偏りがちではあった。
知恵を絞り、誰もが手のひらをポンとたたくビジネスモデルを作る方向へと、もっともっと世の中全体が動いていかねばならない。ディスプレイ業界に目を向けるならば、知恵による差異化が容易な環境があると思う。なぜなら、これまでは大規模な装置産業としての側面を磨き込むことに業界全体が集中していたからだ。
ディスプレイのニーズは多様化している。タッチパネル基板の統合などが昨今話題になったが、これまで単純なドットマトリックスディスプレイに徹してきただけに、アプリケーションごとの最適化(ハードウェアの統合だけでなく、ソフトウェアの良さを引き出すためのインタフェースやドライバの工夫など、ちょっとしたことで構わない)の余地は大きいのではないだろうか。
スピーチでは「頑張り方を変えてみれば、まだまだディスプレイ産業にも未来がある」といったことを話したが、これは自分自身への言葉でもある。単純に人から話を聞き、そのまま伝えるだけでは“分かる人にしか分からない”話になってしまう。聞いたことを理解し、咀嚼(そしゃく)し、自分の言葉に直し、別の言葉をしゃべる(別の業界で別のコンセンサスを持つ)人にも“ピンとくる”伝え方をせねばならない。知恵を絞って“より良い”製品・部品を作っている人たちの話を、正しい認識で伝えるには、自分自身も知恵を絞らねばならない。
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