11月26日、編集工学研究所で異色の対談が行われた。編集者の松岡正剛氏と、ゲームクリエイターのイシイジロウ氏が、スマホ向けゲームアプリ「NAZO」(提供:サイバード)を題材に意見を交したのだ。
長く紙の雑誌、書籍の編集に携わり、「編集工学」を立ち上げた松岡氏と、『428〜封鎖された渋谷で〜』(以下428)などでアドベンチャーゲームの金字塔を築いたイシイ氏によるクロストークは、「物語の編集力」というキーワードを通じて、電子書籍の課題と可能性を照らし出すものになった。今回はその様子をお伝えしたい。
インタラクティブ、分岐——ゲームと書籍の交点
1944年生まれの松岡氏は、インベーダーゲームやゼビウスといったテレビゲームの台頭を、編集者として体験した世代だ。「そこにインタラクションがあることに衝撃を受けた」と振り返りつつも、本を読んでいる際にも、頭の中でのインタラクティビティは活発に動いていると分析。では、その違いがどこにあるかといえば、ボタン操作といった身体との対応だと松岡氏は言う。
「本も意識の中でのインタラクティビティを多層に持つことができないか? 本とゲーム、出版と電子書籍の可能性がもう一度統合され、試される時期が来ている」と松岡氏。今回、松岡氏がNAZOの世界観設計や監修を務めたのは、「出版と電子はかなり違うものになってきた。本がもはや売れなくなるかもしれないところまで来ているが、ゲームの可能性がその状況を変えるかもしれない」という期待があるからだ。
一方のイシイ氏は1967年生まれ。428をはじめとするアドベンチャーゲームの監督、プロデュースを手がけてきたが、元々は映像制作会社で企画やシナリオを作るところからゲームの世界に転じた。
そんな氏がゲームの強みとして挙げるのは「ループの概念」。これは、「あなた(プレイヤー)が、ゲームのどこが面白かったか、あるいは、つまらなかったかをゲームが知っていて、それに応じて難易度調整ができる」点を指し、プレイヤーからの「なぜこんな結末になったのか?」という問いかけ(プレイをやり直して他の結末を得る可能性も与えられている)が可能な点だという。「これに気がついたとき、僕は映画を捨て、これからはゲームに賭けようと思った」とイシイ氏は話す。
これに松岡氏は「それは、読み聞かせのときに、子どもが『どうして狼は赤ずきんのお母さんを食べちゃうの?』と聞いたりするのに似ている」と別の視野から語る。長い歴史の中、情報は物語という様式で口述されるものであり、1つの物語の中でも「問いかけ」=何パターンもの分岐構造が存在し得る。イシイ氏の気づきはそれに当たる、という訳だ。
「文字がまだなかった原始のストーリーテリングに似ている。聞き手が面白がるところを話者が膨らませるのは、ゲーム思考のプログラミングで、ある意味、印刷よりも前の時代に戻ったアプローチ」(イシイ氏)。
劇場という「装置」を採用したNAZOとテキストアドベンチャー
10月にリリースされたスマホゲーム「NAZO」は、絵本、そして劇場をモチーフとした設計となっている。松岡氏は、“劇場”というモチーフについてこう話す。
「本は16〜17世紀ごろまで音読されていた。印刷=メディアの出現以前は、声を出しながら手で写すしか複製を作るすべはなく、当時、本の閲覧室はその声が隣に伝わらないような構造になっていた。そこにもう1つ登場したのが劇場だった」(松岡氏)
劇場で演じられる劇は、「語り部が本を読むよりも、内容を圧縮して伝える」ためのメディアだったというわけだ。
絵本、劇場というモチーフがゲーム全体に配置されたNAZOには、デジタルの時代にあって、テキスト、映像、音楽といったコンテンツが全てそこに統合されている、という松岡氏の見立てが色濃く反映されている。幕が開けば物語が始まり、閉じれば終わる。本にも表紙があり、挿絵があり、映画にもオープニングのロゴがあり、エンドクレジットがある。こうした構造や様式がストーリーテリングを助けているが、ゲームにおいてはそういったフレームワークとコンテンツが混在していると松岡氏は見ている。
「ゲームの構造は神話にも似ている」とイシイ氏。そんな構造を第三者的に、リバースエンジニアリングして読み解く者が必要だが、そうした意味でのゲーム評論家がいない中、氏自ら他のゲームクリエイターの作品への言及が多いのもそのためだと明かした。
そうした読み解きの中から、マンガのコマ割りや擬音などにも通じる新たな様式の発見があるだろうと松岡氏は予測。「シェークスピアの時代に原型が作られたその様式を超えるものは、これまでなかなか生まれてこなかった。しかし、コンピューターはそれを拡張する可能性がある。ただ、その進化のスピードが速すぎて分析が追いついていない」(イシイ氏)
コンピューターが物語の構造・様式を拡張する——日本では「テキストアドベンチャー」が生き残ったことが大きな意味を持つとイシイ氏。「中村さん(チュンソフト創設者の一人で現スパイク・チュンソフト代表取締役会長の中村光一氏)の『弟切草』(1992年)が大きかった。低コストでゲームを生み出せるジャンルが生まれ、その後コンシューマの分野では途絶えてしまったが、インディーズやアダルトの分野で生き残っている。そこではストーリーテリングについての大量の実験が行われた」(イシイ氏)
テキストとリズム
ここでモデレーターの田下氏は、イシイ氏がディレクターを務めた『タイムトラベラーズ』(2012年)を挙げて問題提起。フルモーションの3Dアニメで描かれ、文字と声がシンクロするこのゲームは、ストーリーテリングというよりも体験を重視したナラティブなものではなかったか? という意図だ。
これにイシイ氏は、「テキストアドベンチャーはいわば“リズムゲーム”」と応じる。分岐がなくてもゲームたり得る。突き詰めれば、本も分岐はないが松岡氏が「頭の中でのインタラクション」というように、ゲームのような受容も行われている。
松岡氏も、編集におけるリズムの重要性を強調する。「編集工学でも立体編集が大事だとずっと言ってきた。20世紀からリズムとコンテンツがシンクロしてきている。例えばそれはラップやヒップホップとも近い」(松岡氏)
「本は紙で読む」というイシイ氏は、編集によってそのリズムが調整されていると感じている。
「気持ちの良い小説は、ページをめくる動作とストーリーのリズムが合っている。ゲームも『逆転裁判』のようにリズム感に優れているとどんどん先に進める」(イシイ氏)
「マンガのコマ割りもそう」(松岡氏)
「本の編集でも改行をどこで行うかにもこだわる」(田下氏)
ここで、松岡氏が問題視するのは、「電子書籍では『作家の個性』がレイアウトできていない」点だ。そもそも日本は、連歌のように短い文章・文節でリズム感を伴ってコンテンツを伝えることに優れた文化。そういったものが電子書籍に現れなければならない、と話す。
「ゲームは恋愛などあらゆるものの『原理』。ビジュアル・音楽・音声・フキダシといったあらゆるメディアミックスがそこで行われていく。つまり『ゲームエディティング』をはじめたことになる」(松岡氏)
「ゲームデザインを持ち込んだストーリーテリングにヒントがある」(イシイ氏)
発見とマネタイズ、ゲームと書籍の未来
松岡氏が拘るのは書籍や雑誌の編集、レイアウトだけではない。氏の書評サイト「千夜千冊」は言わば知のデータベースとなっており、従来の店頭陳列や図書分類とは異なる知的探索を可能としている。
松岡氏は「書店の本棚よりも、アマゾンのカタログの方に多くの人がメリットを感じてしまっているのが現状。書店や版元、図書館の司書が書棚に対して十分な働きかけができていない」と手厳しい。
アドベンチャーゲーム=ストーリーテリングを主体とするゲームを手がけるイシイ氏も、「アプリストアの中で、そういったタイトルが目立っていない」と現状の課題を指摘する。
プレイ時間が満足度に比例する要因の1つとも言われるゲーム。それは書籍や映画、舞台に比べても格段に多い。物語の世界観に浸りたいユーザーにとっては、エンディングを迎えたあともさらに遊べることが求められることもある。イシイ氏は現状のスマホゲームをプレイするライトユーザーと相容れない部分もあることを認め、「マネタイズの問題」もあると続ける。
「批判ではなく、そういうものもあるべきだと思っているが、スマホアプリのランキングはいわばカジノ。そんな場所にスロットマシーンと据え置きゲーム機を置いたら、どちらが人気が出るか、という話。だから、カジノだけじゃなくて、ゲーセンが必要。僕たちは多様なお店をもっと作らなければならない」(イシイ氏)
「書店もそう。自分のクローゼットのような、セレクトショップのような書店がもっと必要で、こういう議論をもっと外に出していく必要があるね」(松岡氏)
イシイ氏は「検索キーワードを知っているかどうかで、不平等感が出てくる」ことを危惧する。実体験をショートカットできる物語、本。その発見ができる場所として書店は存在してきたが、仮にアマゾン的な書店しかこの世に存在しなくなるとすれば、「検索ワード」と、ネットワーク側がコントロールするリコメンデーションの世界でしか、その出会いはなくなってしまう。それは「危険だ」とイシイ氏は断言する。
松岡氏も、「今のところ、グーグル、アマゾンの戦略が勝ちを収めている。そろそろわれわれが、それに対抗できるような創造性を持つ必要がある」と応じた。
イシイ氏は、クラウドファンディングにも可能性を見出している。氏が原作を担当したアニメーション「Under the Dog」は、今年9月に58万ドルの目標金額を達成し、製作が決定している。
「作家が才能を世の中に拡げる、その才能を周囲(読者・プレイヤー)がさらに拡げ、そのムーブメントが外に出て行く」(松岡氏)
全9幕、1幕に10章の物語で構成されるNAZOは、無料で1日1章ずつ読み進めることができる。早く先が読みたければ「物語チケット」をアプリ内課金で購入するスタイルを採っている。これがベストアンサーではないはずだが、スマホというデジタルデバイスでゲームという物語をどう発見してもらい、マネタイズを図っていくか、氏らの今後の取り組みにも注目しておきたいところだ。
著者紹介:まつもとあつし
ジャーナリスト・プロデューサー。ASCII.jpにて「メディア維新を行く」、ダ・ヴィンチ電子部にて「電子書籍最前線」連載中。著書に『スマート読書入門』(技術評論社)、『スマートデバイスが生む商機』(インプレスジャパン)『生き残るメディア死ぬメディア』『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(いずれもアスキー新書)『コンテンツビジネス・デジタルシフト—映像の新しい消費形態』(NTT出版)など。
取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進めている。DCM(デジタルコンテンツマネジメント)修士。Twitterのアカウントは @a_matsumoto。
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