日本のIT産業の“未来”が見える! 「田中克己の『ニッポンのIT企業』」 バックナンバー一覧
SaaSベンダーのナレッジスイートが、SFA(営業支援)やCRM(顧客情報)など、提供するサービス内容を拡充している。「できる営業マン」の育成を支援するものにグレードアップするためで、最近は位置情報との組み合わせや販売パートナーのアプリケーション連携などの機能強化を図っている。
忘れる前に情報を保管する
2006年設立のナレッジスイートの稲葉雄一社長兼CEOは、同社のビジョンを「人間の記憶を補完する『脳の記憶補助装置』の開発」と表現する。分かりやすく言えば、脳に記憶される情報は、ある記憶容量を超えると消去されるので、その忘れる前に自動的に記録、保管する仕組みを提供すること。「例えば、商品を購入してくれた顧客を忘れてしまうのは、資産を失うこと」(同)。営業上のこうした大きな損失を防ぐために、個々の社員が蓄積した情報をクラウドに移行するサービスというわけだ。
その原点はグリッドコンピューティングにある。稲葉社長が広告代理店でWebマーケティング・プランナーを務めていた時代、Webキャンペーンのコンテンツがリッチになるほど、膨大なITインフラが必要になる。さらに、インターネットとテレビの融合が叫ばれていたことで、これらを裏側で支えるITインフラの需要が高まると期待し、広告代理店を退社したのだろう。
だが、最初からビジネスがうまくいったわけではない。グリッドコンピューティングに必要なパソコンを個人から借りようとしたところ、使える時間帯が夜中の一部に限られていた。そこで、借りるパソコンを中小企業に切り替えるとともに、「タダで使わせてもらう代わりの対価として、無償のグループウェアを考えた」(稲葉社長)のだ。「グーグルがクラウドコンピューティングを発表したころで、当社が手掛けていることと同じだと思った」(同)。
この考えは受け入れられて、ユーザーは一気に拡大した。「1日に約120件の問い合わせがあり、4カ月で約2600社、そして1万社を超えた」(稲葉社長)。2009年に2つの追い風も吹いた。一つはリーマンショック。多くの企業がコスト削減に走り、ITではオンプレミスによる自社開発・運用からデータを預けることを考え始めたこと。もう一つは、基本的な機能やサービスなどを無償で提供するフリーミアムのモデルだ。「当社のサービスがBtoB業界のフリーミアムと呼ばれた」(稲葉社長)など脚光を集めたこともある。
無償から有償サービスへ
ナレッジスイートが提供するサービスをグループウェアからSFA、CRMへと機能拡充している中で、「サービスを有償で利用したい」というユーザーが少しずつ出てきた。こうしたユーザーは情報漏えいなどを懸念し、強固なセキュリティを求めた。そのため、プライバシーマークなどセキュリティ関連認定を取得したり、脆弱性の監査を受けたりし、外部から提供するサービスの信頼や品質を認めてもらうことにした。
ユーザーからの要求はもう1つあった。導入事例の紹介だが、実は1社もなかった。ファーストユーザーは、2009年に決まった三重県津市の教育委員会。それを契機に販売管理費を使って、1件でも多くの顧客を獲得することに全力を注いだ。「ある熊本県のユーザーに何回も訪問した」(稲葉社長)こともあったという。
当初、多くのIT企業が同社の有償サービスを扱ってくれなかった。「ユーザーがGUIで機能を簡単に追加できる点が、IT企業から嫌がれた」(稲葉社長)。SFA/CRMサービスには商談管理や名刺管理、営業日報、スケジュール管理などと多くの機能を備えており、ユーザーはこの中から必要な機能を選択して使う。「使わない機能を削っていくのが当社のサービスの特長」(同)で、必要になったら機能を復活すればいい。つまり、システム開発を主体にするIT企業の出番が少ないということ。
それでも、ユーザーの増加とともに、販売パートナーも徐々に増えてきた。現在も月300件ほどの問い合わせがあり、中堅・中小企業のユーザーは累計約3800社(2014年8月時点)になった。さらなる拡大に向けて、機能拡充も図っている。2014年5月には、ルートセールス向けSFA/CRMサービスの「GEO CRM.com」を投入した。1万社の顧客情報を地図上にマッピングする処理時間が2分30秒と高速化を実現したもの。
特許も取得する。外出先で使うスマートフォンの消費電力を抑えたり、位置情報を使って圏外で送ろうとした情報を、電波が通じる場所に移動したら、自動送信したりするなど、ユニークな機能を自社開発する。今年9月末には、IT企業がこれらSFA/CRMサービスに、自社のサービスを連携させるためのPaaSを用意し、次なるステップに進もうとしている。
一期一会
「できる営業マンを育成するもの」。稲葉社長はクラウドサービスの内容をこう説明する。「Google Glassのようなウエラブル端末で、この人はAさんで、先日、B商品を購入してくれた、と表示する。SNSから顧客担当者の顔写真、趣味などを把握する」。そんな収集したデータを保管、処理、分析する。それが目指す育成への道に思える。
「実は2年前まで、先の光が見えなかった」と稲葉社長は明かす。それでも続けられたのは、「ユーザーが評価してくれたこと」と嬉しそうに話す。グリッドコンピューティングからクラウドサービスへと先取りするサービスへの問い合わせは着実に増えているそうだ。「今のAmazon Web Services(AWS)のような仮想ストレージなども考えた」(稲葉社長)のも、数年も前になる。広告業界からIT業界に居場所を移した46歳の稲葉社長は、居心地がよさそうだ。新しい風を吹き込むことも期待したい。
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