Appleが披露した新しいウェアラブルデバイス、「Apple Watch」。38ミリと42ミリの2つのサイズ、利用シーンに合わせた3つのモデルにそれぞれ2色のフィニッシュを用意し、付け替え可能なバンドは合計20種類。本体とバンドの色やデザインのマッチングを取って、合計34種類をラインアップする。
シンプルなラインアップで知られるApple製品からすると、そのバリエーションの多さは異例とも言える。これまでApple製品をデコレーションしてきたのは、サードパーティー製のケースやアクセサリだったからだ。しかし今回はApple自身が、テクノロジー、メタルのケース、そしてバンドまでを用意する。
ウェアラブルデバイス、というよりは、「腕時計」として世に送り出されるのが、Apple Watchだろう。Appleは発売日を明確にしていないが、2015年はじめとしている。
9月9日にカリフォルニア州クパティーノで行われたイベントでは、デモ画面を繰り返すプロトタイプの展示が中心だったが、発売前にApple Watchを腕に装着できる非常に限られたチャンスだったようだ。後述するが、筆者が普段使っている腕時計の内、自動巻のオメガと同じような重量感で、画面も大きすぎず、腕時計らしいデバイスだった。
搭載されたデジタルクラウンは、普通の竜頭のつもりで回そうとすると、驚くほど軽くスムーズに回転し、肩すかしにあう。また、新しく搭載されたTapTic Engineが作り出す「こつこつ」叩くような振動は新鮮で、普段のスマートフォンのバイブレーションにはないエレガントかつはっきりとした触覚の刺激が得られる。
高い質感でとろけるように丸みを帯びて本体と一体感を高めているサファイヤガラスも、見ていて飽きない。取材で腕に装着した筆者だが、短いハンズオンの時間だけでは、これ以上のことは分からない。
腕時計を再発明する?
Appleが新しいカテゴリーの製品やサービスを送り出す際、「再発明」というキーワードを耳にすることが多い。
例えばiPhoneの「電話の再発明」というフレーズは有名だ。それ以前にはMacでコンピュータを、iPodで音楽プレイヤーを再発明したという位置づけだ。またiBooksは「教科書の再発明」と紹介していた。ちなみにタブレットというカテゴリーは、何かの再発明というよりは、Appleが作りだした新しい分野と言えるかもしれない。
こうしたなかで、Appleにとっての新しい製品カテゴリーであるApple Watchについて、プレゼンテーションで「腕時計を再発明する」というフレーズは使われなかったと記憶している。それ以上に、腕時計のアプローチで開発していることから、腕時計という道具に対する敬意すら感じられる。
その一方で、テクノロジーが可能にしている時計そのものの機能向上を紹介している。
例えば、iPhoneと連携してGPSと同じ精度での時刻合わせや、タイムゾーンを自動的に変更できることに触れている。スマートフォンを使っていると当たり前のことだし、昨今の電波時計でも実現できていることだが、あえてアピール材料としているのは、腕時計としてのApple Watchらしさといえる。
加えて、文字盤が200万通りにカスタマイズできることも紹介している。どうしてもガジェットの見方からすれば、デジタルディスプレイなのだから、カスタマイズできるのは当たり前だと考えがちだが、Apple Watchは腕時計だ。「1つの製品を買って、好みに合わせて200万通りの文字盤が楽しめるなんて、すごいじゃないか」となるのだ。
Apple Watchが、腕時計であるという主張を強めれば強めるほど、これまでのスマートウォッチとは異なる、“腕時計カテゴリー”での競争の色を濃くする。もしAppleがガジェットという見られ方から脱することができれば、それだけで、他社のスマートウォッチとの決定的な違いを手に入れることができるのだ。
腕時計らしさのジレンマ
Appleはなぜ、スマートウォッチ、あるいはウェアラブルデバイスとしてではなく、「腕時計」として勝負を挑もうとしているのか。ここには、身につけることのジレンマが存在する。しかも、少なからずその原因を作ったのは、ほかならぬAppleだ。
筆者は腕時計を2本持っている。1本は記念に買ったオメガの自動巻き、もう1本はアナログの文字盤が付いているソーラー&電波対応のG-SHOCKだ。前者は普段使い、後者はスポーツをする際に、という使い分けをしている。
しかし仕事をする際には腕時計をしていない。MacBook Proのアルミのボディに、メタルのバンドやバックルが当たると傷が付く上、嫌な音が出るからだ。その上、仕事中に時間を知りたいという欲求がほとんどなくなってしまったのも理由の1つだ。
四六時中ポケットの中に入っており、少なくとも15分に1度は目にするスマートフォンの画面に、常時時計が表示されているからである。むしろ、こうして原稿を書いているときには、時間を意識せず集中したいという欲求すらあり、iPhoneは少し遠くで充電されていて、Macもフルスクリーンモードで時計が見えない状態を作っている。
筆者のライフスタイルや好みと完全に一致する人はいないかも知れないが、筆者にとって、MacとiPhoneが、自身を腕時計から遠ざける原因を作ってしまった。皆さんの生活ではどうだろうか。
ここにApple Watchが入ってきて、どんな変化が起きるかを考えてみても、おそらくこうして原稿を書いているときは腕から外しているだろうし、出かけるときにiPhoneを置いて、Apple Watchだけして行ったとしたら、できることは大幅に減る。結果的に、iPhoneと一緒に出かけることになるのだ。
友人には時計が大好きで何十本も持っている人がいるが、そういう人であっても、両腕に時計を装着して外出する日はない。また、一度、オメガとともに、活動量計「UP by Jawbone」を左手に巻いて出かけたことがあったが、さすがに腕がうるさかった。
Apple WatchはUPのような活動計測・運動計測に加えて心拍数も取得できる。つまり、時計のように気分や予定に合わせて選ぶのではなく、常時装着していることが前提になってくる。
筆者のように腕時計をしなくなったり、仕事中に邪魔に感じたりする人が、再びApple Watchを常時装着するだろうか。また、普段から時計が好きで数多くの時計を毎朝選んでいる人にとって、Apple Watchが「毎日選ばれる1本」の座を獲得できるかどうか。
キラーアプリとなるApple PayとContinuity
Appleは10月16日に「iPad Air 2」「iPad mini 3」、そしてRetina 5Kディスプレイを搭載する「iMac」を発表した。同時に、アナウンスされていたMac向けのOS X Yosemiteと、Apple PayをサポートするiOS 8.1も発表された。これらのデモは、すべてのデバイスがキレイに連携する魅力的なものだった。
AppleはiOS 8とOS X Yosemite、そしてApple Watchの連携を「Continuity」という単語で説明してきた。連続性、一貫性を表すこの単語の通り、デモでは、iPhoneで開いていたKeynoteファイルをiPad・Macへと引き継いで編集し、MacからiPhoneの電話回線を使って電話をかけ、完成したスライドを、AirPlay経由でApple TVから出力して、ワイヤレスにスライドショーを行い、その操作をApple Watchの画面から行った。
Appleのクラウドサービス「iCloud」の同じアカウントでログインしているデバイス同士は、いずれも、自分のために動作してくれる。この感覚は、思った以上に新鮮なものだ。一般的に考えて、管理するデバイスが増えれば増えるほど、煩雑さ、複雑さが増していく。
しかしAppleのデバイスは、その煩雑さを非常に低く軽減してくれる。同じiCloudアカウントにログインしていれば、どの場面、どのデバイスでも、自分の「作業」を継続することができる。おそらく気にしなければならない煩雑さは、各デバイスがそれぞれ持っているバッテリー残量を管理しなくてはいけないことくらいだろう。
これが、Appleが構築してきたContinuityの感覚だ。そしてApple Watchも、Continuityのデバイスに入る。しかも、身に付けているデバイスであることから、何か作業を始める際のきっかけを作る可能性も高いだろう。
もう1つ、Apple Watchに与えられた役割で注目しているのは「Apple Pay」だ。Apple PayはNFCを搭載した「iPhone 6」「iPhone 6 Plus」で対応しているが、Apple Payをかざしてボタン操作をすると決済が完了する。つまりApple WatchにもNFCが入っており、クレジットカードと紐付いた決済用端末として利用できるということだ。
ポケットからスマートフォンを取り出してリーダーにかざし、Touch IDで認証を採る方法は確かに安心だが、腕にあるデバイスだけで決済が済むなら、そちらの方が手軽だ。ただ腕時計は財布からかけ離れすぎており、決済のスタイルとしての自然さはあまりないかもしれない。
まだまだ分からないことが多いながら、どのように我々の生活に溶け込んでくるか、ということを想像するのは楽しい作業だ。時計としてのジレンマ、Appleの「体験の継続性」というエコシステムへの参加というポジティブ、ネガティブの要素を指摘してきたが、モバイルデバイスの鉄則は「体験してみないと分からない」ということ。
実際に装着する際には、一度先入観を捨てて、評価することが重要だろう。
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