科学技術振興機構(JST)と東京大学大学院 工学系研究科は2013年7月25日、東京大学大学院 工学系研究科の染谷隆夫教授、関谷毅准教授、マーチン・カルテンブルンナー(Martin Kaltenbrunner)博士研究員らが、世界最軽量(3g/m2)で最薄(2μm)の電子回路の開発に成功し、タッチセンサーに応用したことを発表した。
本研究は、JSTの課題達成型基礎研究の一環として進められたもので、オーストリアのヨハネス・ケプラー大学のジークフリート・バウアー(Siegfried Bauer)教授のグループとの共同研究による成果である。
ヘルスケア・医療用途のセンサーおよび電子回路は、これまでシリコンを中心とした硬い電子素材で作られてきたが、人の肌に直接触れる部分などについては、柔らかく違和感のない電子素材を活用することが期待されてきた。しかし、厚さが1μm程度の極薄の高分子フィルムは、機械的な柔軟性に優れているが、従来の半導体プロセスではセンサーや電子回路を直接作製することは困難で、その解決策が求められていた。
本研究グループは、厚さ1.2μmの極薄の高分子フィルム(PEN:ポリエチレンナフタレート)に、厚さ19nmのゲート絶縁膜を作製する技術を確立。世界最軽量で最薄の柔らかい「有機トランジスター(電子スイッチ)集積回路」の作製に成功した。この厚みは食品用ラップフィルムの5分の1程度で、重量は印刷用紙1枚の約30分の1だという。試作した有機トランジスター集積回路は、4.8×4.8cm2の面積に144(12×12)個のセンサーが4mm間隔で配列されており、タッチセンサーシステムとして機能する。
開発成功の決め手は、表面の粗い1μm級の高分子フィルムに、厚さ19nmという極薄の絶縁膜を均一かつ密着性高く作ることに成功した点にある。具体的には、陽極酸化法(補足1)を用いた独自の室温プロセスで、基材への密着性の高いアルミニウム酸化膜を高均質に形成する手法を確立した。従来のプラズマ酸化法(補足2)によるアルミニウム酸化膜では、極薄の高分子フィルムがプラズマによって傷んでしまい、ピンホールが発生するという問題があった。本研究は、プラズマのような高エネルギーのプロセスの利用を最小限にとどめ、主として陽極酸化法を用いて従来の問題を解決した。
この有機トランジスター集積回路は、超薄型であるにもかかわらず、驚くほど丈夫という特長がある。実際、フィルムを折り曲げて曲率半径5μmまでつぶしても、体液や汗と同じ成分の生理食塩水に2週間以上浸しても、2倍以上(233%)に引き伸ばしても、電気的性能を維持し、機械的にも壊れることがない。本研究グループは、この有機トランジスター集積回路を応用し、柔らかいタッチセンサーシステムを試作開発した。
本研究グループは、2011年に、厚さ1μm級の高分子フィルム上に、有機太陽電池を均一に形成することに成功。このたびの研究で、世界で初めて、厚さ1μm級の高分子フィルムの上に有機トランジスター集積回路が作製できるようになった。
今回、柔らかいセンサーの超軽量化・超薄型化が達成されたことにより、今後、装着感のない(人間が違和感を持つことの少ない)ヘルスケアセンサーシステム、ストレスフリーの福祉用の入力装置、医療電子機器用のセンサー、衝撃に強いスポーツ用のセンサー、ロボットスキンなど多方面への応用が期待される。また、先に開発された世界最軽量の太陽電池と組み合わせることにより、屋内外の光から電力を得て、半恒久的に健康をモニタリングできる自立型のヘルスケアセンサーなどへの応用も考えられるという。
補足1:陽極酸化法とは、電解質溶液中に金属を浸し、金属を陽極として通電することによって、金属の表面に酸化物の皮膜を形成する手法。
補足2:プラズマ酸化法とは、高エネルギーによって電離した状態(プラズマ)に金属の表面を当てることで、金属の表面に酸化物の皮膜を形成する手法。
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