国内最大級の小売り事業者であるイオングループ。
同グループで書籍を専門に取り扱う未来屋書店が電子書店「mibon」の運営を開始したのは2013年8月。電子書店としては後発ながら、全国に200以上の実店舗を持つ強みを生かし、店頭で電子書籍の代金決済を可能にするなど、特色あるサービスを展開している。
およそ30年にわたって書籍の販売を続けてきた同社が、電子書籍事業で目指すものとは何なのか。そこにはどんな小売りの誇りがあり、その視線は誰に向いているのか——mibon事業を統括する未来屋書店デジタル事業部の浅井秀樹部長に聞いた。
変化を乗り越えてきた未来屋書店の30年
—— mibonの話をお伺いする前に、未来屋書店の歩みをご紹介いただけますか。
浅井 未来屋書店はイオングループの一員で、約30年前の1985年に創業しました。創業当時は「ブックバーン」という社名で、車でお越しいただくことを想定した郊外型店舗、いわゆるロードサイドショップとして事業を運営していました。
当時のコンセプトは「地域の情報発信基地」で、書籍だけではなくCDやレンタルビデオも取り扱い、さらに店舗内にイートインスペースを設け、ブルーシールアイスクリームを販売していたりしましたね。
10年ほどその業態で運営していく中、イオンの出店形態がスーパーのジャスコから、ショッピングモールへと大型化していったこともあり、1990年代中ごろから主にイオン内のインショップ書店の形態へと移行し、同時に商材も書籍のみに絞り込んでいきました。
—— 単独で集客しなければならないロードサイドから、総合的な集客がある程度担保されているショッピングセンターへの移行ですね。
浅井 そうですね。新しいところに手を突っ込むよりも、今ある資産や人材も含めて、もっとストイックに本屋になっていこうとするフェーズでした。イオンの出店に合わせて、全国の店舗数を急速に拡大させる中で、店舗内のオペレーションを効率化することで、書店事業自体が軌道に乗り始めた時期でもあります。
小売業を営む商人としての矜持
—— 2000年代に入ると、国内では「LIBRIe」や「ΣBook」といった電子書籍専用端末も登場し、現在の電子書籍の流れが来る前の電子書籍が登場しました。当時の電子書籍はどのように見ていましたか?
浅井 一言で言うなら「キワモノ」でしたね。利用者からすると、本を読みたいだけなのに、そのために全く関係ない投資、つまり端末を購入しなければなりませんでした。専用端末なのでそれ以外の用途には使えませんし、他社の電子書籍端末との互換性もなかった。これでは売れないだろうと。
—— 少し時計の針を進めて2007年になると、米国ではKindleが発売され、現在へと続く電子書籍の大きな流れが始まりました。そのころには印象に変化はありましたか。
浅井 その時期が、先ほどお話した、さまざまな業務の効率化の結果、書店事業が一本立ちできた時期です。事業をさらに拡大するために何をするべきかを検討していた時期なのですが、正直、この時は、その「何か」の選択肢として、電子書籍は社内では上がっていませんでした。
—— そうなんですね。検討の方向はどういったものでしたか?
浅井 当時は、また昔のように、書籍だけでなくCDや文具・雑貨などを販売するなどして店頭の取扱商品の幅を広げようだとか、これからはECの時代だということで、ネットでの通販などを検討したりしましたね。
電子書籍には、海の物とも山の物とも分からない、不信感のようなものがあったかと思います。それから、そういったものが今後広まったとして、果たして、それを小売りの書店がやるべきものなのかどうか、といった議論も幾度となくありました。
—— なるほど。浅井さんご自身もそう考えていました?
浅井 私もやはり当初は否定的でした。というのも、音楽業界では一足先に配信事業が主流になりつつありました。私はCDも扱っていた経験があるのですが、その立場で見ていると、どう考えても現状の雇用規模を維持することが不可能だなと感じていました。
また、わたしたちは、地方で小売業を営む商人として、地域に商業を通じて貢献することをまず考えます。しかし、Web上での配信では仮に売り上げ規模が同じ規模に発展したとしても、従来の直接的な地域貢献といった観点からそれていると考えていました。
—— 実際に電子書籍の検討をされたのは、GALAPAGOS STOREやReader Storeに代表される電子書店がオープンした2010年くらいになりますか。
浅井 そのころには検討していましたね。もっとも、イオングループは、例えばウォルマートなど、米国の小売りの発展の仕方を注視している企業ですので、米国での電子書籍市場の成長の度合いを見て、どうするか、といったことはそれ以前から話として出ていました。
—— 直接的なきっかけが何かあったのでしょうか。
浅井 ちょうどそのころから、未来屋書店がコンセプトとして打ち出した『Life with Books』というキーワードがあります。これは現在でもコンセプトというか企業理念として掲げていますが、“本とともにあるライフスタイルを提供”していきたい、というものです。
こうしたキーワードを掲げておいて、電子書籍の普及もある程度進んできている中、お客さまが希望しているのに「うちは紙の本しか扱っていません」というのは違うのかなと。電子書店単体で見るのではなく、お客さまの一番近いところにあるリアル店舗の価値を高め、さまざまな読書環境を提供する店でありたいと思います。
—— 紙なのか、電子なのか、選択するのはあくまでお客さん自身であると。
浅井 紙か電子か、だけではありません。リアルの店舗しか運営していない場合、例えば朝10時から夜10時までしか開いていない店舗では、この時間帯に来店できないお客さまにはご購入いただくことができません。一方で、ネット上の電子書籍ストアは、365日、休みなく購入できます。お客さまの生活スタイルに合わせて、時間や場所に縛られることなく、好きな書籍の閲覧環境を選ぶことができるように、私どもは選択肢を幅広く提供していきたい、ということです。
“大黒柱に車を付けよ” イオングループのアプローチの根幹にあるもの
—— 今年5月にmibonの機能として追加された、電子書籍の決済代金を店頭で支払える仕組みも、そういった思いからなのでしょうか。
浅井 はい。電子書籍というと、現在のところ、決済方法はどうしてもクレジットカード決済が中心ですよね。しかし、これではクレジットカードを使えない方は電子書籍を買いたくても利用できません。
クレジットカードを使ってインターネット上で何かを購入することに強い抵抗感・不安を抱えてらっしゃるのが、実はシニア層の方々です。こうした方々は、電子書籍に興味があったとしてもなかなか利用できない。その解消手段として、店頭での決済という仕組みを取り入れたのです。
—— お客さまの反応はどうでしょう。
浅井 非常に喜んで頂けていると思います。
実は、未来屋書店は児童書部門が非常に強いんです。というのも、地方のショッピングモールなどにお越しいただけるのは、親子連れだったり、お孫さんを連れたシニアの方だったり、3世代にわたってお越し頂けています。そうすると、子どもたちが欲しがる本を店頭で探して、電子書籍で購入する、ということもできます。もちろん、出版社が電子版を出していただいている必要はありますが。
また、店頭で決済する際にはイオングループの電子マネーカードWAONで決済できることも、ご利用頂けているポイントの1つかと思います。
—— イオングループは紛れもなく国内屈指の小売りです。先ほど商人の話がありましたが、恐らくただの「物売り」とは一線を画す“筋”というか“大義”をお持ちなのではないかと思います。社是のようなものはありますか?
浅井 イオングループには、「大黒柱に車を付けよ」というキーワードがあります。動かしちゃならんものを動かせ、という話です。大黒柱って本来外しちゃダメなものですよね。それに車をつけて移動させろと。
要は、商売するに当たって、まずはお客さまがそれを欲しているのか、欲していないのか。欲しい人がいるならば、来てもらうよりも、どんどん自分で足を運ぶ、というスタイルです。
—— 環境変化に柔軟に対応せよということですね。人のいるところで商売せよ、とも言い換えられそうですね。
浅井 一方ではそうですね。とはいえ、今、人がいなくとも、今後人が増えていくであろうとか、困っているお客さんがあれば、そこでちゃんと耳を傾けてやっていこう、というのが1つの大きな根底にある話です。
ただ、電子書籍はまだお客さまがそこについてきていない。紙よりも便利なのか、本当に素晴らしいものなのかどうなのか、などが浸透しきれてないという印象もあります。
—— お話を聞いていると、商人の魂のようなものを随所に感じます。しかし一方で、先の話にあった効率化などを突き詰めていった結果、ただの“物売り”に近づいているのを懸念されているようにも思いました。
浅井 そうかもしれません。店舗のオペレーションなどの合理化を進めて行くというのは、結局のところ、作業を分解することになります。パーツ化、あるいは、システマティック、セクショナリズムなどともいえるかもしれません。
これは、事業として何を実現しようとしているのか全員が共通認識として持ちにくいことになりやすい。小売り全体が抱えている問題といえるかもしれません。私たちは店舗教育という部分にもとりわけ力を入れているのですが、それはこうした気持ちからなのです。
紙で当たり前にできることを、電子でも普通にできるように
—— mibonとしては、どのようなサービスを提供していきたいと考えていますか。
浅井 先ほど、未来屋書店は児童書がかなり強いとお話しましたが、私たちとしては、店頭に子どもたちが楽しめるような仕掛けをしつつ、一方で、店員はシニアの方々を意識した接客、マナーを心がけ、高齢者の方がお孫さんと一緒に訪れて過ごしやすい店舗づくりをする。そうして、子どもをきっかけにすることで、今まで電子書籍の存在を知らなかった方々を電子書籍の世界へ誘導するような役割を担っていけるのではないかと思っています。
情報や消費活動に活発なシニア世代をアクティブシニアと呼びますが、まだまだアクティベートしていく部分が多いと感じています。それをさらに充実させるための機能として考えているのが例えばギフト機能です。
—— eBook USERでも先日、gifteeとマガストアの取り組みを取材したのですが、タッチポイントの拡大は重要ですね。先日行われた国際電子出版EXPOでもギフト関連の展示は幾つかありました。
浅井 主に権利的な問題から電子書籍のギフトはまだ進んでいませんよね。ただ、紙の書籍を買って誰かにプレゼントとして贈ったり、贈られたりというのは日常的にある光景です。そうした、紙で当たり前にできることを、電子でも普通にできるようにしたいという例の1つとして、ギフトを挙げました。
お孫さんが電子書籍を欲しがっているから買ってあげたい。でもご自身はIT関係に詳しくないからよく分からない。でも、未来屋書店に行けば店頭でギフトとして買ってあげて、お孫さんに自動的に届けることができる。そういうのって、すごくイオングループらしい取り組みになるんじゃないかなと思うんです。
お客さまの一番近くに位置する書店の発想を業界とともに
浅井 もう1つmibonで取り組みたいものが、未来屋書店発のコンテンツです。
—— 5月に、アイドルグループ「でんぱ組.inc」のライブパンフレットの電子版をmibonで独占配信されましたよね。特典として、当日のライブレポートやMC内容の書き起こし、メンバー直筆のセットリストなどを追加のコンテンツとして提供し、今でもmibonのランキング上位に来ています。ああいったものですか。
浅井 確かにあれもイメージしているものの1つです。
これまでリアル店舗における販促のあり方というと、ポイントだったり、ランキングの高い書籍を集めたり、従業員がPOPを書いたり、といったことがありました。現状、電子書店でも販促というとこのくらいで、現実的にはセールや1巻無料などばかりですよね。
それを否定するものではないのですが、わたしたちは、電子書籍ならではの、これまでとは違う販促活動があるのではないかと模索しています。
—— 書店業全体として、そういう新しい取り組みが求められている時期なのでしょうか。
浅井 書店業だけではありません。今、出版社、取次と、これまで書籍の出版、流通に関わってきたすべての業態は変化の時にあります。どこかが業界を引っ張れば解決するとか、そういうことではありません。
要するに、書店が「うちは書店だからここまで」、出版社が「うちは出版社だからここまで」と個々に課題解決しようとしても難しい。出版、取次、書店、そして関連事業者が連携して新しい取り組みを試していかなければならないと思います。
—— それぞれの役割を固定化せず、有機的に結びつけていくということですね。そうしたアウトプットの1つとして書店発のコンテンツ、という構想へとつながっていくと。
浅井 はい。業界構造的に、書店はお客さまの一番近くに位置していますので、その位置にいるからこそ発想できる新しいコンテンツの形、サービスがあると思っています。それを、ITを活用してmibonで実現していきたいですね。
—— 未来屋書店の社名通り、業界の未来を描くような取り組みに、注目していきたいと思います。本日はありがとうございました。
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