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“コンテンツ”がコミュニティーを作る――Casa BRUTUS編集長・松原亨とピースオブケイク・加藤貞顕が考える未来の雑誌

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 新宿にあるフリーシェアスペース「賢者屋」で8月8日、雑誌に興味がある学生へ向けたトークイベントが開かれた。

MoFロゴマークMoFロゴマーク

 同イベントを主催したのは「MoF(Magazine of future)」。大学生と出版社有志によって組織されたこの団体は、「既存の雑誌から、形にとらわれない、新しい雑誌のスタイルを追求すること」をビジョンに掲げ、さまざまな大学生向けのトークイベントやワークショップを開催。2013年11月には、出版関係者を審査員に招き、大学生限定の雑誌企画コンペディション「MoF competition」を開催している。活動2年目となる2014年では、「2020」をテーマにしたワンテーママガジンを制作予定。現在、制作に携わりたい雑誌に興味のある学生を募集している。

 今回のイベントは、マガジンハウス発行のライフデザインマガジン『Casa BRUTUS』の編集長・松原亨氏と、コンテンツ配信サービス「cakes」や、ソーシャルメディアプラットフォーム「note」を提供する、ピースオブケイクの代表取締役CEO・加藤貞顕氏が登場。雑誌や出版業界に興味がある学生など約40人が集まり、編集の仕事や、紙とデジタルの違い、編集者に求められることなど1時間半にわたって展開される熱いトークに聞き入った。

きっかけは本や雑誌が好きだったから

加藤貞顕(以下、加藤) まずは、お互いの紹介も含めて話していきたいと思いますが、松原さんはどうして出版社に入ろうと思ったんですか。

Casa BRUTUS 編集長・松原亨氏Casa BRUTUS 編集長・松原亨氏

松原亨(以下、松原) 僕は本や雑誌が好きで、大学生のころに『ブルータス』や『ポパイ』『ガリバー』などをよく読んでいたんです。ちょうどバブルの時代で、マガジンハウスも波に乗っていて誌面がすごい豪華でした。それを読んで雑誌を作りたくなって、マガジンハウスに入社。ポパイの編集を8年経験して、その後、Casa BRUTUSの創刊に携わりました。

 Casa BRUTUSではテーマとして建築を扱ったりしますが、どちらかといえば建築的なイメージの強い「ハウス」より「ホーム」、つまり“暮らし”を大事にしていて、自分たちでは“暮らしのデザイン誌”と呼んでいます。

加藤 雑誌不況の中で、ブルータスやCasa BRUTUSはすごく元気な印象があって、雑誌の特集ライフスタイルなのかなと思っています。Appleなんかは、ライフスタイルとデザイン、そしてテクノロジーを統合した会社ですよね。

松原 Apple特集もやったことあったんですよ。Appleは何をデザインしたのかという内容で。雑誌の仕事をやりたい人には特に見てほしいんだけど、Appleってハードやソフト、いろいろデザインしているけど、結局は僕らの生活自体をデザインしたんですよね。AppleがあったからみんなCDを買わなくなって、HMVが中古レコード売る時代になっちゃったんですもん。その特集の一番の売りは、Appleのデザイナーのジョナサン・アイブのインタビューです。PC業界の人にも何でCasa BRUTUSがインタビューできるんだって驚かれました(笑)。

加藤 ジョナサン・アイブはデザイナーなんだけど、役職は上級副社長。Appleがデザインをとても大事にしていることが分かりますね。

松原 加藤さんはなぜ出版の仕事を?

ピースオブケイク代表取締役CEO・加藤貞顕氏ピースオブケイクの代表取締役CEO・加藤貞顕氏

加藤 僕は景気の悪い時代に大学を卒業して、そのころPCが盛り上がり始めていたんです。学生時代はPCオタクで、PCに関する記事を寄稿していたこともあってアスキーに入社しました。なぜプログラマーではなく編集者になったかというと、松原さんと同じで僕も本や雑誌が好きで、仕事中に本が読める会社に入りたかったんです(笑)。

 アスキーに入社した2000年ごろは、一般の家庭にもPCが普及し始め、みんながPCに関する情報を求めていた時期だったんです。だからアスキーの雑誌もよく売れました。それがGoogleのサービスがスタートした2001年〜2002年ごろから急激に売れなくなって。やっぱり雑誌を読むよりも検索した方が早いんですよね。だから雑誌不況はかなり早い段階で経験しました。雑誌が盛り上がっている時と、ネットによって売れなくなった時の両方を経験していて、これは自分の中で大きな経験になっています。

 その後はダイヤモンド社に移り、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら(以下、『もしドラ』)』『スタバではグランデを買え!』などの編集を担当しました。『もしドラ』が発売された翌年の2010年は、iPadが発売されたり、いわゆる電子書籍元年だったりして、出版ビジネスの転換点ともいえる年でした。それで僕らも『もしドラ』の電子書籍を作ることになったんです。当時はAmazon Kindleのようなプラットフォームがなかったので、電子書籍を見るためのアプリを開発するところから始めて、電子書籍では17万部ぐらい売り上げました。

松原 『もしドラ』はすごいヒットしたけど、天狗になったりしなかった?(笑)

加藤 天狗になっていたかは自分では分からないです(笑)。『もしドラ』を担当する少し前から、100万部売れる本を作るにはどうすればいいかを考えていまして、過去に100万部を売り上げた作品を調べたところ、5つのキーワードを見つけたんです。

松原 気になりますね。皆さん、ここはメモしておいた方がいいですよ。

加藤 そのキーワードが、「家族・青春・恋愛・お金・健康」という、いずれも人々が共感するテーマなんです。例えばビジネス書は、ビジネスに興味がある人じゃなきゃ買わないですからそもそもの母体数が少ない。その点『もしドラ』は、マネージメントという身近なテーマと青春ストーリーを組み合わせた話なので、多くの人に共感が得られたのだと思います。

メディアが変わればコンテンツの形も変わる

 『もしドラ』はアニメ化や映画化など、さまざまにメディアミックスしましたが、電子書籍だけは紙のものをそのままデジタルに置き換えていて、これは何か違うんじゃないかと感じました。「メディアが変わるんだから、コンテンツも形を変える必要があるんじゃないのか、このままでは行き詰まるだろうな」と感じて作った仕組みがcakesやnoteなんです。

松原 情報をデジタルに置き換えていこうとする動きが出版界全体にありますけど、成功例が世界的に見ても全然ないんですね。そういうところにやりがいがあったりするんですけれども、もしかしたら世界で最初の成功例がcakesになったりするかもしれない。

cakescakes

加藤 デジタルでいうと、新聞社は一番大変ですよね。

松原 そうだね、新聞は別に紙じゃなくてもいいんじゃないかと言われやすいメディアだからね。

加藤 新聞の電子版って、トップにある記事は読まれますが、それ以外はあまり読まれないんですよね。新聞の完読率というんでしょうか、それがものすごい下がっているんじゃないかと思います。

 雑誌の電子化というと版面データのPDF化がありますが、本みたいに前から順に読むのは雑誌には合わないんです。デジタルのよさは2つあって、1つはオープンなところ、もう1つはインタラクティブなところです。オープンというのは、検索でひっかかったり、コピーしてシェアしたりできること。インタラクティブというのは、いいねとかコメントしたりとかですね。PDFの雑誌はデジタルなのにそういった媒体の魅力を生かしきれていないんです。

松原 同意見です。

加藤 ネットで配信する1つ1つのコンテンツも短くなっていて、例えばYoutubeの動画は1分〜3分の長さが主流。これがデジタルにおけるコンテンツの長さです。

 同時にコンテンツの作り方も変わると思っていて、例えばcakesで連載している作家の本を出版するといったこともやり始めています。藤沢数希さんという、恋愛に関するメルマガを配信している著者がいますが、現在僕が担当編集で小説を書いてもらっています。出版社とも組んでいて、秋口には販売する予定です。その後は漫画の出版も予定しています。

コンテンツはコミュニティーを形成する力を持つ

松原 Casa BRUTUSではcasabrutus.comというサイトをやっていて、Casa BRUTUSに連載しているニュースなどを掲載しています。特集を組んでロングインタビューなども掲載しますが、やはりWebで読みたいものはまずはニュースだろうと、短くて、さっと読める記事を中心に掲載しています。雑誌をデジタル化すると形自体が変わるというのは本当に同意見で、デジタルでどういう形でやっていこうかを試行錯誤で進めているところです。

casabrutus.comcasabrutus.com

加藤 Casa BRUTUSは写真のクオリティーが異常に高いですよね。

松原 写真のクオリティーもだけど、“CASAがチョイスしたものだからいいものなんだぞ”ということをやれないとだめなんです。テイストだったりだとか、信頼、雰囲気を大事にしないと差別化を図れないし、やる意味がないんだよね。cakesではテイストとかはどうしているの?

加藤 コンテンツって、周りに価値観を共有したコミュニティーを作ることができる機能を持っている。雑誌はまさにそういうものだと思いますが、cakesにはあまりそういったものはない。プラットフォームとして、何でもありでいいんじゃないかということでやっています。

 ネット上でコンテンツを売る方法は2つあると思っていて、1つは何でもやる、究極はAmazonですね。もう1つはコミュニティーの形成です。cakesは雑誌に近くて、面白いと思った人に連載を頼んだりしますが、僕は最初、将来cakesをだんだんオープンにして誰でも書けるようにしたいと思って始めたんです。だけどそうすると記事ごとのクオリティーに差が生じたりするんですよね。最近CGM(Consumer Generated Media:生産者並みの知識を持った消費者が、ネットなどを活用してコンテンツを生成するメディアのこと)が広まっているんですが、それがnoteなんです。cakesとは逆の考え方ですね。

くるりのアカウントページくるりのアカウントページ

 これはくるりというバンドのアカウントページです。文章や写真、音楽、映像も投稿できるしTwitterみたいなショートメッセージも投稿できます。その上、コンテンツの販売もできたり。

 ファンクラブってオフラインなものが多いと思いますが、オンラインでやってみようと思って公式のファンクラブをnoteに移してもらったんです。ライブの写真を投稿したりとか、デビュー前のカセットの音源を販売したりすると、ここで人単位のコミュニティーが作れるんです。

 自分のメディアを持つのがこれからの姿かなと思っていて、僕たちはそのための仕組みを作っています。

 ただWebメディアの辛いところは、毎回訪れてもらうことが大変。例えば好きなミュージシャンがいたら公式サイトに通うと思うんですが、いつ更新されるか分からないし、結局TwitterとかFacebookで見るだけになることが多い。でも、noteではアカウントをフォローすると、noteのタイムラインに出るようになるので、情報を見逃さなくなるんです。僕はここに雑誌を全部載せられるんじゃないかと思っていて、実際に出版社さんとも話をしています。

Casa BRUTUS、ピースオブケイクそれぞれの役割

松原 Casa BRUTUSは1つの店を作っているようなものです。どういう素敵なお店を作ろうかというようなことをやっている。でも、加藤さんがやられているのは流通網を作ることなんですよね。やっぱりデジタルってそこが面白い。1つの店を作ることよりも、流通のシステムを作る方が醍醐味(だいごみ)がある。でも、Casa BRUTUSがそれをやるのは違うんじゃないかと思っていて、1つのテイストがある素敵なお店を作ることをやめてはいけないんじゃないかと思うんです。

加藤 僕が出版社を辞めて、ピースオブケイクを作ったことに関係しますが、出版社はまとまったコンテンツを作るための組織だと思うんです。ただ現状、“流通網”や“街”を作っている人がいないので、誰かが作らなきゃいけないなと思ってやっているんです。

 自分で投資して大きな流通網を作ろうとしている出版社もありますが、それなら僕らみたいなところと組んでやった方がいいんじゃないかと思っていて、声をかけたりしています。個人的にも、コンテンツを作ったりしたいんですが、商売する場所がなくなるのが一番困るので、何年かは流通網を作る方をやろうと思っています。

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編集者に求められる人材とは

加藤 自分が面白いと思うものを世間の人たちが面白いと思うものに接続、提案するのが編集の大きな仕事だと思うんです。

 ただデジタルになって1個だけ変わるのは、先ほどの話とも関係していますが、インタラクティブであること。紙もインタラクティブですけど、デジタルだと速度が変わる。つまり、紙だと編集者の仕事は“コンテンツをマネージメントすること”だと思うんです。デジタルだと速度が上がってコミュニケーションの比重が高まる。「コンテンツを作って出す、そしてその反応を受けて何かを作る」というコミュニケ—ションマネージャーに仕事が変化していくんじゃないかと思っています。

松原 デジタル・紙関係なく、伝え方が上手い人になってほしい。これだけ世界中のことが分かる時代になると、同じことでもそれをどれだけ面白く伝えるかが重要になると思う。例えば、ガウディの本なんてめちゃくちゃありますけど、世界一ガウディを面白そうに伝えられているのは僕らだと思っています(Casa BRUTUS「井上雄彦とガウディ巡礼」2014年7月10日)。

 伝え方を上手くしたいなら、例えば雑誌を作ってみて反応を見ること。TwitterとかFacebookとかやってて反応ないと怖いでしょ(笑)。ああいうところで、学生のうちに作品をアップして試すことが大事だと思います。

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