「おもしろいものを届ける」は稀少価値になってしまった
「おもしろいと思ったものを、おもしろいと思ってくれる人に届ける」。娯楽産業に限らず、小売りというものの基本的な考え方のはずですが、現代ではこれがなかなか稀少な価値になってしまいました。
「最近は企画を出しても“おもしろいかどうか”で判断してもらえることがなくなった」という声が、作家の間では結構あったりします。
評価の基準は類書や著者の実績。つまり過去の数字。現場の編集者は「これおもしろいですね!」と言ってくれたとしても、会議で評価されるのは、やっぱり数字(もっとも、編集者のテクニックとして内心つまんないなと思った原稿を「いやーおもしろいですけど、残念ながらこの分野はマーケットが小さいんですよね」とか、角が立たないように言ってくれているケースも多いでしょうが)。
考えてみればこれも仕方のないことではあります。企画、書籍設計、出版社の規模などによって左右されますが、本の原価率は30%くらいから、場合によっては40%あたりになる。残る金額を流通、販売、出版社、著者がわけあう訳で、出版というものは、本来「薄利多売」のビジネスと言えます。
たとえば原価率を30%としても1500円の本を5000部刷ると、200万円以上かかる。そこから流通経費、人件費や場合によって宣伝費などを含めていくと、書籍の出版とは数百万円から1000万円に迫ったり超えたりするビジネスになっていく。著者の取り分は、数%から10%の印税となりますが、刊行コストを原則的には負担しないことを考えると、必ずしも分が悪いとは言えません。
だから曲りなりもプロである以上、こうした事情を考えて、企画というものにさまざまな課題、特に「数字」というハードルがあることは当然で、仕方がないこととは思います。特に、昔のようには本が売れなくなった現代では。
数字ですべて判断できるのか
だがこれは著者だけはなく、編集者を含めて各プレイヤーが不安に感じていることですが、企画というものは、数字ですべて判断できるのか。
もし完璧に判断できるのなら失敗する企画はもっと少なくなるはず。正直に告白すると「7000部も刷って数百部しか売れませんでした」というとてつもない失敗をぶっこいてしまった経歴を持つ私などは、とっくに出版界から退場させられているはずです。
また本当に数字にこだわるなら、いっそ最新の統計学を駆使して、徹底的にやればどうか。たとえば「このジャンルの本は平均何ページのものが売れていて、どういう季節にどういう造本だったか」まで、とことんやれば結構意味のあるものになるでしょう。ですがそこまでやるという話はあまり聞きません。
昨今は、なるべく「薄く読みやすく」と言われがちですが、小説で売れている本は、むしろ上下巻の分厚いものが多い気がします。
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