設計におけるさまざまな場面でコンピュータ・シミュレーションが活用されているが、中でも最先端のシミュレーション技術が活用される分野の一つが航空機設計だ。現在開発が進められている三菱航空機の小型旅客機「MRJ(Mitsubishi Regional Jet)」(図1)の機体設計にも、東北大学との協力により開発された、多目的最適化手法や、最適化の結果を可視化するデータマイニング手法が採用されている。
2014年5月16日に開催された東北大学 流体科学研究所 所長 大林茂氏による知の拠点セミナー(国立大学共同利用・共同研究拠点協議会主催)より、航空機設計におけるシミュレーション活用の歴史と、MRJの事例を中心に報告する。
国産旅客機をふたたび
MRJはリージョナルジェットと呼ばれるカテゴリに分類される。リージョナルジェットとは客席が100席以下で、主に国内定期線などに使用される旅客機だ。三菱重工業は2002年ごろに小型ジェット機の検討を始めた。そして今後の需要増加が見込まれ、参入も比較的容易なリージョナルジェットをターゲットに定めた。2008年の全日本空輸からの受注により、事業化を決定。MRJの設計開発を専門に行う三菱航空機を設立した。現在330機を受注(うち160機が仮契約)しており、今後、各種試験や型式証明の取得、2015年に初飛行、2017年に運航開始が予定されている。1950年代に開発され、1973年に販売不振によりやむなく製造を終了したYS-11以来の国産旅客機として注目を集める機体である。
MRJの特長は、燃費性能の高さと静音性だ。燃費については従来機より20%以上の燃料の削減を目標に設計されている。これは新型エンジンの採用や最新の空力設計、複合材構造の採用などによって実現される。静音性については、離陸時の地表における騒音領域を同クラスの競合機より半減できると見積もっている。こういった性能は燃料費のコストダウンや空港周辺の騒音問題がクローズアップされるなか重要なアドバンテージとなる。この燃費性能アップなどに、東北大の最新のシミュレーション技術が役立っている。
コンピュータで実験を置き換え
そもそも航空機設計におけるシミュレーション技術は、コストが増大し続ける風洞実験の代替として始まった。かつて航空機の設計を検証する際に取られた手段は風洞実験だった。これはライト兄弟の時代から行われてきた由緒正しい手法といえる。だが時代が進むにしたがって、風洞運転にかかるコストと時間は雪だるま式に増えていった。
大林氏がかつて在籍していたNASA Ames研究所には、測定部が24×36mとジェット戦闘機の実機も入る世界最大の吹き出し風洞がある。この風洞の1日当たりの運転コストは1980年当時、現在の金額で1日当たりおよそ1千万円にも膨れ上がっていたという。1機の開発にかかる風洞実験の時間も、1970年ごろ開発された戦闘機で1〜2年、1980年ごろ開発されたスペースシャトルは数年分にも及んでいた。
一方、コンピュータの計算能力は10年で1000倍というスピードでアップし続けるとともに、計算能力のコストは着々と減っていた。そのため実験をコンピュータ・シミュレーションで置き換えようという主張が出てくるのは当然だったと言えるだろう。初めて本格的にコンピュータ・シミュレーションが取り入れられた機体は、1990年ごろ開発された大型旅客機のボーイング777だという。主翼の形状をはじめ、主翼と胴体の接続や胴体先頭形状などさまざまな箇所の設計に用いられたという。
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