中国政府は5月20日に、政府内でのWindows 8の購入を禁止するという発令をした(参考記事:中国政府がWindows 8の使用禁止令、米司法省の発表に反論)。前々から中国産OS期待論が出ていたところに、前日の19日に米司法省が中国人民解放軍の将校5人を産業スパイなどの罪で起訴しており、これがトリガーとなったのだろう。その後、5月末から6月初めにかけて、外交部、国家保密局、工業和信息化部(情報産業部)など政府各省庁で、Kingsoftのoffice互換ソフト「WPS Office」が一斉にインストールされたことが伝えられた。
インターネット上の中国ユーザーの反応は、政府への不信や諦めがベースの大喜利と化している。「大丈夫だ、既にネット検閲の壁はできてるじゃないか」「パッケージだけは中国製だ」といったコメントに数千もの「いいね!」がついている。中国産の規格はTD-SCDMAやTD-LTEなど市場で普及した規格もあるが、ネットユーザーは過去に「中国純正CPU『方舟』沈没」事件など、様々なろくでもない顛末のニュースを見ており、良いイメージはもっていない。ネット検閲の存在が明るみになりすぎているコメントにも目が行きそうだが、多くのいいね!がついたコメントは本旨からずれている。
Windows 8禁止の背景
中国政府はWindows 8禁止について、政府PCのほとんどがWindows XPであり、Microsoftがサポートを打ち切ったことで安全上の懸念が生じており、「将来も同じ状況に直面することを避ける」などと説明している。
一方でこんな事情もある。Windows 8になってますますクラウド化が進んだ。つまりMicrosoftのサーバとより頻繁にデータをやりとりすることになる。すると政府の機密までも漏れ放題になるのではないか。それはよろしくない、国産OSができればいいな──という話だ。中国政府の通達はあくまでWindows 8が禁止対象になるのであって、現在Windows XPに代わり最も使われていると思われるWindows 7は対象から外れている。Windows 7の(延長)サポート終了は2020年なので、まだしばらくは時間には余裕がある。
過去に中国がゴリ押しした無線LANセキュリティ規格「WAPI」や、インストール義務化を宣言した検閲ソフト「グリーンダム」(Greendam)は、期限ぎりぎりになって「無期限延期」を発表している。無期限延期といいながら、WAPIに関しては非対応製品は販売を許可しないという姿勢を崩さなかったし、グリーンダムに関してはユーザーに散々ネタにされた。詳細は「政府強制フィルタリングソフト、中国人ハッカー軍団に屈する」に報告した。
つまり中国における「政治とIT」は、今回のWindows 8禁止に始まったことではない。Windows 7のサポートが切れるその時期までは米国やMicrosoftへの圧力をかけることができる一方、ちゃんと使えて普及しそうな中国産OSを待つこともできるわけだが──。
“ネットの壁”の中に囲い込みたい中国政府
中国では「Great Firewall」と呼ばれる“ネットの壁”がある。中国からはFacebookやTwitter、YouTubeにアクセスできず、Googleも非常に不安定で非実用的だ。
クラウドサービスでは、Google DriveやDropboxも利用できない。Evernoteはアクセスすると中国向けの中国語のページにジャンプする。一方、MicrosoftのOneDriveやWindows Live、Windows 8の各種サービスは利用できる(Windows 8のPeopleアプリ経由ならTwitterも利用できる)ものの、中国とMicrosoftの関係が対Googleのように悪化すれば、Windows 8は使い勝手が悪くなることだってあろう。
最近では新疆ウイグル自治区に関連したテロ事件が増えている。政府は「新疆ウイグルでのトラブル絡みの動画の多くが、外国の動画サイトにアップされ、国際テロ組織などに伝えられている」と外国のサイトへのアップロードを警戒している。米国への情報漏えいの心配に加え、中国国内問題も抱えていることから、百度(Baidu)を始めとした中国ベンダーが提供する“ネットの壁”の中のクラウドサービスに、ユーザーを誘導したいという思いはあろう。
こうしたことから、Androidは、OSこそGoogle製だが、Google Playが最初から準備されている機種はNexusシリーズを除いてまずないといっていい状況だ。YouTubeやFacebook、Twitterも入っていない。動画サイトもストレージサービスもSNSも、中国のネットの壁の中だけで完結している。中国で人気のサイトやサービスはそろって専用アプリを公開しているため、中国人は困ることはない。
さらに確実に中国の中だけでネットのエコシステムを完結させようと、国産のスマートフォン向けOSの開発が進められている。「COS」(ChinaOS)や「同洲960手机安全操作系統」がそれだ。
中国産OSは……
ではPC向けOSはどうかというと、国産のLinuxベースのOSは「紅旗Linux」(Asianux)、「中標麒麟」「StartOS」などいくつかある。中国ユーザーが国産を望んでいるかというと誰も望んでおらず、数千人を対象としたネットのアンケートでも3分の2が「欲しくない」と答えたという。
中国で人気のネットサービスはチャットソフト「QQ」を始め数多いが、Linux向けソフトは不十分。Windowsの海賊版は、人気ソフトが最初からインストールされた状態での“バックアップ”が復元される形のものが多いが、Linuxの海賊版はここ数年、海賊版屋の店頭で見たことがない。これでは中国でLinuxは普及しない。
コンシューマーだけでなく、政府の利用という視点でみても、採用例は少なく今のままでは普及するかは疑問だ。
まず「紅旗Linux」は年末に倒産した。14年間会社はあったというのだから、中国ITの歴史から見れば長い方だ。理由としては「愛国を叫んで金だけとっていた」「小さなバージョンアップだけして、大衆に迎合するような大きなバージョンアップを行わなかった」「GPLを守らなかった」などと言われている。「中標麒麟」は、最初は「銀河麒麟」という名前で人民解放軍が利用する安全なOSとして登場したが、銀河麒麟はFreeBSDベースだったのに、バージョンアップで登場した中標麒麟はLinuxベースだった。
このように極めて雲行きは怪しい。Windows 8を禁止した中国政府は、WPS Officeのような代替となる製品が登場するまで、Windows 7か、はたまたWindows VistaかMac OS Xを使ってその場をしのぐのだろうか。
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