東京・港区に本社を構えるソフトウェア開発企業のX社。同社の取締役のM氏が筆者の主催する研究会に、2年振りに聴講しに来た。研究会の終了後、懇親会にも同席したが、その中である相談を持ちかけてきた。その数日後、たまたま半日程度の空き時間ができたので、M取締役に相談の具体的な内容を伺いに向かったのである——。
(編集部より:本稿で取り上げる内容は実際の事案を参考に、一部をデフォルメしています。)
事例
X社は主に、データベースを利用した会計システムのソフトウェアを企業に納入している。最近のスマートフォンブームにあやかり、同社でも新規に事業部を立ち上げ、スマートフォンアプリの制作に乗り出した。スマートフォンアプリは、同社の主軸である基幹系システムの開発とは毛色が違うものの、今までのソフト開発経験から技術力に自信があったという。新規事業部ではスマホアプリに興味があり、趣味でもアプリを作成しているようなマニアックな技術者たちを集め、本社内ではなく埼玉県さいたま市にビルを借りて事業を行っていた。
事案
同じソフト開発といっても、基幹システム向けとスマートフォン向けでは文化が全く異なっていた。事業拠点も違う場所にあるので、新規事業部の責任者で筆者の友人でもあるM取締役は、「早く軌道に乗りたい」という思いから、本社とは異なる制度を取り入れ、相当に自由な業務環境を作り上げていた。実態としては、新規事業部の技術者たちのわがままを責任者であるM取締役が受け入れてしまったようだ。
M取締役の相談とは、最近になってその弊害があちこちに生じるようになったというものだ。本社と違う規則や習慣、また、暫定的に許可してしまったものについて、早急に本社から対処を決める様に催促されている。M取締役は新規事業部の責任者として、社長やほかの取締役からその決断を迫られているということであった。
回答
本件で筆者は、M取締役には友人という立場から提言することで対応した。だが、それ以降に行う助言については費用がかかるということをX社側にきちんと伝え、了解を得た。このM取締役には、昔から事をあいまいなままに進めてしまう欠点があった。それが、今回のトラブルの根本的な要因になっているということを、まず筆者は“友人”としてM取締役に話した。
そもそも取締役とはいえ、全社的なものとは異なる規則などを勝手に作ってもよい権限など持っていない。権限を逸脱しているのだ。だが、M取締役はX社の社長とも創業時から友人関係にあり、新規事業を早期に単年度黒字にさせたいという意向を社長にも語っていた。M取締役のそういった気持ちに押されて本社も「黙認」してきたのだろう。それくらいのことは、筆者も簡単に理解できた。
X社の取締役室で話を聞くこと2時間半。そこで分かったのは、情報セキュリティを含めたさまざまな新規事業部の“文化”を正そうとしても、本社とは違う規則(技術者集団にとって都合のいい規則)が壁になっているということだった。
筆者は、まず「本社と同じ規則に戻すようにしなければいけない」と話した。どちらかというと筆者の考えはM取締役に近いもので、おおらかさを好み、「成果さえ出してくればいい」と思っている。だが、本社での社風や社長の性格、従業員の動向とは大きく異なる。新規事業部は、X社の長所を潰してしまう可能性すらあった。
新規事業部を異端者扱いする本社は最悪の場合、あらゆる理由を突きつけて、全社を挙げて閉鎖に追い込むに違いないとも感じた。筆者もそういうトラブルを抱えた会社を幾つも経験しているので、まず間違いない。M取締役のこれまでの言動からも、そういう兆候が端々に見受けられたからだった。当の本人はそれに気が付かないし、そこが彼の長所でもあり短所でもあるのだが……。
そこでM取締役には、「少しずつ本社の環境に合わせていきます」ということを新規事業部の技術者集団に納得させ、口にするだけでなく実行に移し、遅くとも1年後には本社の就業規則やその他の規則が通用する環境にすべきだと諭した。ただ、情報セキュリティに関する懸案事項の中には、本社でも方針が決まらない状況の中で、いますぐ決断しなければいけないものがあった。この相談の中で一番に揉めることになるとも予想され、実際に対応を実施すると、新規事業部の数人が退職してしまった案件は次のものである。
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