『東京バンドワゴン』などの作品でも知られる小路幸也氏の電子書籍書き下ろしファンタジー『旅者の歌』。3月1日からReader Storeで独占配信された同作品は、全4回が4週にわたって配信され、配信2カ月という短期間で1万ダウンロードを達成した。
コミックではないジャンルで、かつ配信先はReader Storeのみという状況の中、異例ともいえるダウンロード数となったことを記念し、Reader Storeでは6月5日から11日まで同作品の半額キャンペーンが実施される。また、年内に幻冬舎から単行本として発売されることも決定した。
なぜこれほどの人気が出たのか。それにはどのような仕掛けがあったのか。Reader Storeにプラットフォームを提供しているブックリスタの加藤樹忠氏、栗田咲子氏と出版社である幻冬舎の設楽悠介氏、山本祥子氏に話を伺った。
—— 1つの作品が2カ月で1万ダウンロードというのは、これまでに前例がありますか?
加藤 1つのストアだけ、ということでいえば、過去2年半ほど見てきた中ではあまり記憶にありませんね。巻数の多いコミックではともかく、文字ものではかなり珍しいのではないかと思います。
—— Reader Storeでの独占配信や書き下ろしということも要因として考えられますが、それ以外に何が成功の秘訣だととらえていますか?
加藤 文芸誌で1カ月に1本、それを1年間にわたって配信、ということは珍しくないんですが、電子書籍を買う方にとってこれでは遅いんですよね。1カ月も待っていられないのです。それで、今回は4週にわたって毎週続きを配信する、という方法を採りました。スピード感を大切にしたわけです。同時に、1カ月間半額にし、読者から手に取ってもらいやすく、続けて読んでもらえるようにしてみました。また、4週連続で配信したことで、ストア内での取り上げ方も常に大きかったことも挙げられますね。
それ以外にも、配信初日、無料立ち読みのようなものとして「0話」を配信しました。長めのコンテンツを用意し、読んでしまったら、続きが気になって読みたくなる、というものでした。加えて、すべての回に加藤木麻莉さんの手がけた美しい表紙を付け、これだけでも1冊の書籍として成り立つような装丁に作りこみました。
さらに、4冊すべて購入した方には抽選で、その方の写真を基に、あたかも登場人物の一人であるかのようなオリジナルイラストをプレゼントする、というキャンペーンも行いました。読者が作品の世界に入り込んだような体験を提供できたことが、成功した理由かな、と思っています。
—— 好きな作家さんからサインをもらえると、ますますファンとしての気持ちが高まりますが、登場人物としてその世界観に加えてもらえるのは、滅多にない体験ですよね。
加藤 そうですね。そうした喜びは伝播しますので、またファンの輪が広がったようです。
—— 「喜びの伝播」というのは面白い視点ですね。電子書籍だからうまくいった、ということはあるでしょうか。
設楽 文芸誌だと読者の感想がタイムリーに作家に伝わったり、SNSで話題にしてもらったりするのは難しいかもしれません。でも、電子書籍にしたおかげでSNSで感想を書きこんでもらいやすくなり、読者と作家のコミュニケーションも生まれたのかな、と思います。加えて、感想を書き込んでもらえたことがきっかけで、それを見た別の読者が同作品だけではなく別の作品も購入する、という(電子書店の売り上げにとって)良い影響が出ているのではないかと見ています。
—— 今回の取り組みのように、作者からの協力を仰ぎ、読者との距離を縮めるような施策は有効だと思いますか。
設楽 これは、今までの出版社全体に言えることなのですが、出版社は今まで高いところからの視線で読者を見ていたと思います。しかし、今の若い人やネットを使いこなす人たちにとっては、そのような視線の高さの違いが障壁になっていました。それが出版社のWebビジネスが上手くいかなかった理由なのではないかと考えています。
今後は、作者との距離を縮めるだけではなく、今回、登場人物の一人であるかのようなイラストをプレゼントしたように、その作品の世界観を「自分事(じぶんごと)」としてとらえてもらえるような、そんな企画を立てていきたいと思っています。電子書籍市場もだいぶ大きくなってきて、あちこちで電子書店のプロモーションも実施されていますが、値引キャンペーンなどばかりではなく、読者が「楽しい」と感じてくれるようなエッセンスを加えていきたいですね。そうして、電子書籍市場が全体としてもっと大きくなってくれれば、と思っています。
—— 本日はありがとうございました。
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