隔絶された空間に4mにも及ぶ高い棚が整然と並ぶ。部屋の中は蛍光灯で溢れんばかりの光。そこで頭から足先まで白衣に身を包んだ作業員がレタスの状況を確認する。部屋は埃の数が抑えられたクリーンルーム——。富士通セミコンダクター会津若松工場に設置された植物工場の様子だ。
植物工場とは、施設内でLED照明や空調、二酸化炭素、水分や肥料などを人工的に制御し、季節や外部環境に影響されずに農作物を生産できるシステムのこと。安定した環境を作り出すため、1年中安定した生産が可能な他、農地以外でも設置可能な点や、無農薬生産が可能である点など、多くの利点がある。一方で、初期投資、運営投資ともに大きくなる他、栽培ノウハウが今は限定的であるなどの課題があるといわれている(関連記事:野菜の工場生産本格稼働へ——成否のカギは出口戦略と製造マネジメント)。
野菜市場に参入する富士通の決意
富士通ではもともと農業や畜産業に向けのクラウド型の基幹サービス「Akisai」(秋彩)など農業分野への取り組みを強化しており、これらの実践用に静岡県沼津市に自社農場を構えている。ただ2013年7月に発表した富士通セミコンダクター会津若松工場の植物工場が画期的だったのは、富士通自らが野菜販売に乗り出すということだ(関連記事:富士通が野菜を作る!? ——半導体のクリーンルームを転用した植物工場を設立)。実際に2014年2月中旬にレタスの出荷を開始する。
富士通が生産に乗り出したのは機能性野菜である低カリウムレタスだ。低カリウムレタスは、カリウムの含有量が少なく、カリウムの摂取制限のある腎臓病患者でも食べられる。植物においてカリウムは、窒素やリンとともに必須元素であり、含有量を抑えるには、徹底した生産管理が必要になる。そこで、半導体生産のクリーンルームを転用した完全閉鎖型の植物工場が力を発揮する。
安倍晋三内閣による成長戦略の一環として農業強化が叫ばれ、新たな農業法人の参入などは確かに増えているが、植物工場などを含む農業ベンチャーにとって大きな障壁になっているのが販売先の開拓などを含む出口戦略だ(関連記事:野菜の工場生産本格稼働へ——成否のカギは出口戦略と製造マネジメント)。実際に最先端の技術により農業の各種工程が効率化できることは見えているが、現在の農作物の流通過程において新たに参入することが難しいために断念するケースなども多い。
低カリウムレタスの可能性
富士通ではまず、機能性野菜で量産が難しい低カリウムレタスに絞り込むことで腎臓病患者に向けたターゲットを明確化し、病院や医療機関などを販売先とすることにしたという。ターゲットとなるのは国内で30万人いるといわれる透析患者と1330万人いるといわれる慢性腎臓病患者だ。
低カリウムレタスは秋田県立大学が栽培特許を持っているが量産に成功したのは会津富士加工のみ。富士通ではこの会津富士加工の技術協力を得て、低カリウムレタスの量産に乗り出した。2014年2月中旬から毎日1800株の出荷を計画。最大で毎日3500株の出荷を計画しているという。
工場の運営を担当する富士通ホーム&オフィスサービス 先端農業事業部 企画部 部長の野牧宏治氏は「今までできなくて植物工場だからできることを考えた。低カリウム野菜はデータ解析型の管理を行わなければ生産が難しい。また社会的意義があることに加え、新市場を創出できるという利点がある」と話している。
既に販路開拓を開始しており、会津若松市の竹田綜合病院をはじめとしていくつかは納品が決まっているという。価格については会津富士加工が2株(約90グラム)480円で販売しているが「現在検討中だが量産が本格化すればこの価格を下回れる」と野牧氏は話している。2014年度(2014年4月〜2015年3月)は売上高1.5憶円、3年目の2016年度(2016年4月〜2017年3月)には売上高4.0億円を目指すという。
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