読み取り機にカードやスマホをかざすだけで、商品の購入代金を支払える——。電子マネーは今や、駅の改札をはじめ、コンビニエンスストアやスーパーマーケット、商店街などさまざまな店舗で使えるようになり、対応店舗は増え続けている。
しかし、まさかこんなところで電子マネー決済にお目にかかるとは——。その場所とは、2013年12月29日から31日にかけて東京ビッグサイトで開催された一大同人イベント「コミックマーケット85」。このブースの一角から、「シャリーン」「ワオンッ」「ピッ」という、電子マネー決済時特有の音が聞こえてきたのだ。
そのブースの主はサークル「自転車操業」を運営するかざみみかぜ。氏。同氏のブースには驚くほどの人だかりができており、電子マネーによる決済が行われるたびに歓声が上がっていた。これまで、現金を使わずにモバイルで支払いをする方法としてPayPal HereやSquareのことばかり考えていた筆者にとってはまさに目からウロコの光景だった。
想像を絶する忙しさと混雑で知られるコミケで、なぜ電子マネーを導入することに決めたのか——。その理由をかざみ氏に聞いた。
同人イベントと電子マネーは相性がいい
安価で手軽に導入できるモバイル決済といえば、最近ではPayPal HereやSquare、Coiney、楽天スマートペイといったクレジットカード決済サービスが注目を集めている。これらのクレジットカード決済サービスを導入しなかった理由を聞いてみたところ、「同人イベントで頒布される同人誌は数百円単位。例えば500円だけ支払うのに、わざわざクレジットカードを利用したいと思いますか? それに、すべての人がクレジットカードを持っているわけでもありませんしね」(かざみ氏)という答えが返ってきた。
確かに現状では、少額決済でクレジットカードを利用する人は少ない。コンビニで「おにぎり1個からでも、クレジットカードがご利用になれます」とうたっていても、あまり使っている人を見たことがない。対する電子マネーは、少額決済でもよく利用されているイメージがある。
「電子マネーなら、気軽に支払ってもらえます。おサイフケータイを利用している人もいますし、交通系のカードは、多くの人が持っています。クレジットカードよりハードルが低いのではないでしょうか」(同氏)
また最近のコミケには、クレジットカードこそ持っていないものの、日々、交通系の電子マネーを使っている中学生や高校生の参加も増えているという。こうしたユーザーが利用できるという面でも、コミケと電子マネーの相性はよさそうだ。
読み取り機は短期間のレンタルも
筆者が気になったのは、電子マネー決済の導入にかかったコストだ。電子マネー決済サービスを提供するためには、読み取り機や通信回線、それらの機器を稼動させるためのバッテリーなどが必要になる。どれくらいのコストで導入できるのだろうか。
かざみ氏が利用したのは、ヤマトシステムが開発したマルチ電子マネーサービスだ。同社のサイトには、月額5000円で最低1年間の継続契約が必要と書かれていたが、問い合わせてみると1週間だけのレンタルにも対応していたという。「1週間、5000円(内蔵のauモバイル回線の料金含む)と決済手数料(店舗の契約条件によって異なる)だけで済むんです」(同氏)。ただし、読み取り機を稼動させるためのAC電源をコミケ会場で確保できなかったため、PCなどに給電できるタイプのモバイルバッテリー(1万5000円)を別途購入した。
今回、自転車操業が販売した同人誌は4点。そのうちの3点が300円で新刊の『同人イベントに電子マネーを紛れ込ませる。』に至っては98円だ。いくらそのうちの3点が電子書籍版だといっても、どれだけ売れても元は取れないように見える。
「こんなにたくさんの人たちが同人誌を買ってくれても、(モバイルバッテリー代がかかったため)ぜんぜん黒字にはならないですね。でもいいんです。お金を払ってもらっているのに、買ってくれる人が払うたびに『おおーっ!』とか『胸熱!』『いいもの見せてもらいました』と喜んだり、ありがたがってくれるんですから。それだけでも、僕としてはありがたいですし、やったかいがありました」(同)。
もう1つ筆者が気になったのは、会場の電波状態だ。コミケといえば、たくさんの人が集まるため、電波状態が悪くなることで知られている。決済時の通信でトラブルは起きないのだろうか。
「この読み取り機にはauの3G回線が内蔵されています。通信は、電子マネーをかざすたびに行うのではなく、ある程度のデータをプールしておいて、1日に何回か情報を送る仕組みになっています。通信しようとしているときに電波状態が悪かったとしても、送信できなかったデータはプールされているので、支払ってもらえない、という事態は起きません。今日、通信できなかったのも1回だけでした」(同)
支払いのたびに通信しなければならないクレジットカードと異なり、こうした面でも電子マネー支払いは、同人イベントと相性がいいようだ。
利用システムは「マルチ電子マネーサービス」
今回、かざみ氏が利用したシステムは、ヤマトシステムが開発した「マルチ電子マネーサービス」。nanaco、WAON、楽天Edyといったストア系の電子マネーだけではなく、Suica、PASMO、ICOCAなど、交通系の電子マネーにも対応している。
交通系電子マネーは、ほかの電子マネーに比べて所有率が高いことから、かざみ氏は著書『同人イベントに電子マネーを紛れ込ませる。』で「交通系とそれ以外の2択なら、交通系を取るしかありません」と書いている。交通系電子マネーへの対応を最優先事項とし、借りっぱなし(毎月費用が生じる)ではなく使いたい時だけ借りられ、なおかつストア系電子マネーも使えれば……ということで、たどり着いたのが、マルチ電子マネーサービスだったという。
実際、かざみ氏のブースで支払いに利用されていたのは、ほとんどが交通系の電子マネーだった。場所が東京だけに、Suica(JR東日本)、PASMO(主に首都圏の私鉄・バスで利用)での支払いが多かったが、ICOCA(JR西日本)やmanaca(主に名鉄などで利用)を利用する人もいた。
電子マネーの導入で生まれるメリットは
同人イベントで販売者側が現金を扱うのには、さまざまなリスクや課題が伴う。面倒なつり銭の用意や現金の運搬、計算ミス、つり銭の渡し間違いなどだ。つり銭を間違えにくくするため、販売する冊子に500円、1000円といったきりのいい値段を付ける販売者も多い。
電子マネーを導入すれば、「98円」といった1円単位での価格設定が可能になる上、支払い対応の手間や時間がかからない、計算ミスや釣り銭の渡し間違いを減らせるといったメリットが生まれる。これらは販売側も購入側も享受できる恩恵だ。
コミケといえば、制作者とファンが顔をつき合わせて冊子を売り買いするのが醍醐味のイベント。手間要らずの電子マネー支払いがコミケで当たり前の光景になる日は、そう遠くないのかもしれない。
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