海外の国々や都市でNFC(Near Field Communication)技術を用いたモバイルペイメントや関連サービスの導入が加速しつつある。すでに「おサイフケータイ」などの名称でその便利さを享受している我々には、こうした地域での現状は「すでに通った道」といった感じではあるものの、新技術などのトレンドも取り込んで、今後数年で大きく変化しようとしつつある。今回、カナダのオンタリオ州政府の招待により、トロント周辺エリアでNFC/モバイルペイメント技術に取り組む各社と、現地での最新事情を取材する機会を得たので紹介したい。
北米のNFCトレンドをリードするトロント大都市圏(GTA)
NFCは「Type A/B(Mifare)」や「Type F(FeliCa)」の名称で知られる非接触スマートカード技術の共通仕様だ。日本では「おサイフケータイ」や「Suica」などの名称でFeliCa技術が広く利用されているが、現在海外の多くの地域ではType A/Bベースの技術が利用されており、これを使ったインフラ構築が進められている。Type A/BとFeliCaには直接的な互換性がないため、現状ではそれぞれの普及地域をまたがってのサービス相互運用ができず、今後Type A/Bの利用が拡大した際に、日本でのFeliCaとの並列運用問題が出てくるとみられる。だが、FeliCaが中心的存在の日本と香港を除けば、世界でのNFC技術の普及はまだまだ低水準であり、こうした課題が大きく取り上げられるようになるのはまだ先の話だと思われる。
とはいえ、テクノロジーは日進月歩の世界だ。NFCを使った各種サービスで先行しながら比較的遅い歩みを見せている欧州に対し、新技術への取り込み意欲が強いアジア地域や、この分野では比較的出遅れながらも企業主導で猛追する北米地域では、早ければ数年後にも非接触カードや携帯端末を使ったモバイル決済サービスが本格的に走り出しそうな勢いだ。
「偽造などの理由により現金取引が信用できない」「政府主導でインフラ整備に力を注いでいる」といった事情を抱えるアジアでのNFC導入に対し、北米での促進理由は法制度にある。北米ではこれまで磁気ストライプや転写にサインを組み合わせたクレジットカード利用がほとんどで、欧州や日本で普及しているチップを内蔵して4桁の数字のPINコードを入力する「EMV(Europay, MasterCard, Visa)方式のクレジットカードは利用されてこなかった。
ところがEMV対応が法制度化され、今後数年内での対応が必須となり、このPOSや決済ターミナルのEMV対応に合わせて一気にNFC対応を進める気運が高まっている。北米での小売りまでを含めた完全対応にはまだ若干時間がかかる見込みだが、米国より数年ほど先行しているカナダでは、今まさにインフラのNFC対応が急ピッチで進んでいる段階だ。今回の「NFC/モバイルペイメント」に関するカナダツアーが組まれた理由の1つが、ここにある。
もう1つ、今回のツアーで注目すべきなのは、ツアーの舞台となったトロントを中心とした大都市圏(Greater Toronto Area:GTA)が産業集積地であり、国内外を問わず、多くの関連企業が同所をカナダでの本拠地として活動している点だ。カナダを地場とする金融セクター企業をはじめ、BlackBerryというスマートフォンメーカー大手がトロント市郊外のウォータールー(Waterloo)に本社を置いており、ハイテク産業の中心拠点といえる。
特にBlackBerryはNokiaやSamsungなどと並んでNFCに比較的早くから取り組んできたベンダーであり、現在発売されている同社デバイスはすべてNFCに対応し、非接触での決済サービスが利用できるようになっている。例えば、米国でモバイル決済サービスを提供するISIS(アイシス)は、2013年11月中旬に全米での正式ローンチを発表したが、現時点で同サービス対応デバイスとして挙げられているのはNexus 4、GALAXY S III/S4/NoteシリーズのAndroid数機種と、それ以外ではBlackBerryのみという状況だ。これはカナダでもほぼ同様であり、BlackBerryは北米においてNFCサービス提供の重要なポイントを占めている。
NFCをとりまくインフラ
ユーザー視点でNFCに関連するベンダーといえば、日本では携帯電話や「Edy」「nanaco」「WAON」「Suica」といったサービス事業者が真っ先に頭に浮かぶかもしれない。だがその裏ではさまざまな事業者が存在し、互いに関わり合って決済インフラを構成している。こうしたインフラに関わる企業は事業者の組み合わせこそ違えど、国や地域ごとに存在している。今回トロントのツアーでまわった企業群を以下に列挙するが、これらの企業がすべてそろったうえで、ようやくインフラの一部が機能することになる。
- MasterCard(金融サービス、クレジット/デビットカード)
- CIBC(金融サービス、銀行)
- EnStream(モバイル決済、TSM)
- Rogers(携帯キャリア)
- Interac Association(金融サービス、デビットカード)
- SecureKey Technologies(認証技術)
- Moneris Solutions(金融サービス、POS)
- PRESTO / Metrolinx(交通サービス、共通カード)
- Ingenico(決済ターミナル開発)
- Everlink Payment Services(金融サービス、トランザクション集約)
- DonRiver(金融/決済アプリ開発)
この中で、NFCによるモバイルペイメントの世界特有の業態といえるのが「TSM(Trusted Service Manager)」だ。このケースではEnStreamが該当する。同社は自身をTSMを束ねる「SEM(Secure Element Manager)」と呼んでおり、TSMサービスそのものを提供せずに“アグリゲータ”として機能している。EnStreamは、SIMまたは組み込み形式で携帯端末に搭載される「セキュアエレメント(SE:Secure Element)」に対して、セキュアアプリ(アプレット)や更新サービスを提供している。このセキュアアプリはクレジットカードや身分証などのセキュアな情報を保持し、サービスを利用する際など事業者側から求められたときのみ必要情報を提示し、認証を行う仕組みとなっている。位置付けでいえば、金融機関と携帯キャリア(携帯端末)の仲介を行う存在であり、クレジットカードでいう処理ネットワーク(日本ではJCB系列のCARDNETなど)に該当するといえる。現状のSEを使ったNFCのモバイルペイメントサービスにおいて、最も重要なピースの1つだといえるだろう。
EnStreamは、Bell Canada、Rogers、Telusのカナダ携帯キャリア大手3社によってモバイルペイメントサービス提供を目的として設立された。役割としてはTSMに近い仲介者として存在するものの、その位置付けは若干異なる。もし、あるサービス事業者がNFCとSEの組み合わせによるサービスを提供しようとしたとして、その実現にあたっては個々の携帯キャリアと個別に交渉して、サービスを接続しなければならない。このようにサービス事業者が増えるほど、事業者同士の組み合わせが倍々で増えることになり非常に複雑になる。そこで接続地点としてEnStreamが中継を行うことで、携帯キャリアとサービス事業者の仲介を行うことになる。
EnStreamのいうSEMサービスは、一般には「MNO-TSM」という「携帯キャリア(Mobile Network Operator)側に近いTSM」という名称で呼ばれ、サービス事業者(Service Provider)側のTSMは「SP-TSM」と呼ばれる。EnStreamの例に限らず、MNO-TSMは携帯キャリアの関連会社であるケースがよくみられる。例えば米国で決済サービスを提供するISISは、米携帯大手3社のジョイントベンチャーだ。ISISは仏GemaltoのTSM技術を利用しており、世界的にも大規模な導入事例の1つとして知られている。
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