ストレス反応(不安、焦り、身体不調など)は、ストレス原因によって引き起こされます。職場におけるストレス原因の代表的なものは、仕事の量、仕事の難易度、物理的な職場環境、人間関係などですが、意外なことに「仕事の裁量」がストレス反応と大きな関係を持っていることが分かってきています。
自分のやり方で仕事を進められないビジネスパーソンのストレス反応は悪くなる傾向が大きいのです。対策としては、組織を分権化あるいは集権化する、職務分掌表に書き込む業務内容を精査するといった組織論だけではなく、部下と上司の関係の作り方、組織内でのビジョンの共有といったソフトな要素も入ってきます。
今回は、上司の部下に対するかかわり方、部下自身が心がけるべきことという観点に絞って考えてみます。
出しゃばらず、そっとほめるのが良い上司
過干渉な親が小さい子どもに対して「これをやりなさい」「あれはやっちゃいけない」とコントロールするうちに、子どもは無気力で抑うつ的な状態になってしまうことはよく知られています。ビジネスシーンでも同じことが起こり得ます。
「部下が育たない」という悩みを持つ企業役員とお話をしました。詳しく聞いてみると、「仕事上の細かいところまで気になってしまい、あれこれと仕事のやり方について指示を出してしまう。場合によっては階層を飛び越えて直接担当者に指示を出して、中間のスタッフが嫌になってやめてしまう」といいます。
これは、「自分がその分野について一番詳しい」と思うスーパープレイヤーにありがちなことです。自分が優秀であるということと組織運営はまったく別のもの。その2つを分けて考えないと、企業は成長していかないということを上司は肝に銘じるべきでしょう。仕事の中身を手取り足取りで伝えるようなことは、相手が新卒社員でもない限りないはずです。
筆者が理想的だと思う上司とは、部下が悩んでいるときにはポッとヒントを出し、うまくできたときにはそっとほめる——あまり出しゃばらずに部下が自分で動くことを支援する上司です。
部下の良い行動を伸ばし、悪い行動を正すためには、業務がうまくいった場合にはすぐに適切な賞賛を行い、問題がある場合には的確に問題点の指摘を行う。大事なのは「その場で、短時間でもいいので即時的に行う」ということ。部下は気にかけてもらっていると安心し、関係性も強化されます。
確かにフィードバックは非常に面倒なものです。「あとで指摘してやろう」「そのうちほめてやろう」、ひどい場合には人事考課の際にまとめてやろうと考える上司も多くいますが、それではまったく意味がありません。
1人当たりの付加価値を高めるには、部下が仕事に熱中できることが大切です。そのためには、「自分がこの仕事を仕切っているんだ」という感覚が重要です。この感覚が組織の中に伝播していけば、おのずから組織は活性化するでしょう。それによって生み出される生産性の向上は、1人のスーパープレイヤーが生み出す効用よりもはるかに大きいのです。
高齢化による人口逆ピラミッド化の進展により、人を育てたことがない中堅層が増加しています。また、プレイヤーとして優秀な社員がマネジャーとしての適性を問われないまま昇進して、うまく力を発揮できないということもよく観察されます。
上司は権限委譲によって生み出した時間を、より大きな組織を動かす仕組みを考えたり、将来を構想するための時間として惜しみなく使わなければなりません。マネジメントの妙味というものは、まさに先に述べたような状況を作り出すことにあります。
自分の仕事を批判的に検証できるのが成長する部下
では、部下にとっての心構えはどうでしょうか。「自分の頭で考える」といった批判的精神を早いうちにクセにしておくことです。
会社の方針や上司の考え方が必ずしもすべて正しいわけではないでしょう。自分の立場からしか見えないことが、真理の一端を含んでいるのかもしれません。入社当初の新人ならば教えてもらった通りに仕事を進めることが重要ですが、付加価値を生み出すビジネスパーソンとして成長するならば、早いタイミングで自分の今のやり方を批判的に検証し、少しずつでも改善の提案ができるようになるべきです。
「仕事なんて、しょせん他人事だ」と思ってしまえば、自分の頭で考えるより、惰性に任せるほうが楽に決まっています。しかし、「もしもこのプロジェクトの投資額がすべて自分のお金だったら」と想像するとどうでしょうか。
必死にいろいろと考え、今のやり方に穴はないか、もっと良い方法があるのではないかと考えるはずです。課題に積極的に取り組むことにより、自分なりに工夫して楽しむ余地が出てきます。そして、その姿勢によって「あいつにもう少し任せてみようか」という空気が醸成されていきます。
仕事を「自分ごと」として取り組むことは、「他人ごと」としてとらえるよりもはるかに熱狂的に仕事に向き合うことができ、それにもかかわらず悪いストレス反応が抑えられます。
労働安全衛生法の改正で、2015年12月からは従業員が50人以上の事業場でストレスチェックの実施が義務化されます。これにより仕事の裁量を含む職場環境に関する項目もチェックしなければなりません。人事担当者は、ストレスチェックを組織の問題点を改めて把握し、改善につなげる良い機会としたいものです。
著者プロフィール:神谷学(かみや・まなぶ)
アドバンテッジリスクマネジメント取締役 常務執行役員
東京大学法学部卒業、文部省(現文部科学省)入省。2001年にアドバンテッジリスクマネジメント入社。経営企画を中心に、メンタルヘルスケアや就業障がい者支援などの分野で現在の事業の柱を作る。
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