去る11月23日、東京ビッグサイトのコミティア110特設会場で、第3回となる海外マンガフェスタが開催された。
海外マンガフェスタは2012年に、7カ国の大使館や文化センターの支援と海外の出版社や国内外の漫画家たちの協力で始まった、世界の漫画を紹介する日本初のイベントだ。
会場には13カ国42ブースが並び、漫画の販売や作家のサイン会に多くのファンが列を成すなど、併催のコミティアに比べて規模は劣るもののその人気の高さを伺い知ることができた。
こちらのメインステージでは、漫画に関する講演会や各国の著名な漫画家たちによるトークイベントが開催された。本稿では、その中から、文部科学省事業アニメ・マンガ産官学連携コンソーシアム主催の「デジタルマンガによる国際交流シンポジウム」の様子をお届けしたい。
各国の漫画文化と、デジタル化の現状
シンポジウムでは、日本で声優や歌手として活躍するロシア出身のジェーニャ氏を司会に、フランス大使館のクレア・テュオーデ氏、イタリア文化会館のエドアルド・クリサフッリ氏、セルバンテス文化センターのマヌエル・ペレス氏、漫画家のちばてつや氏と里中満智子氏を迎え、「デジタル」をテーマに海外と日本の漫画のデジタル化事情や、デジタル化がもたらす新たな可能性などについて話し合いが行われた。
フランスで広がる漫画のデジタル化
「バンド・デシネ」と呼ばれる漫画をご存じだろうか。フランスやベルギーを中心に制作されている漫画のことで、日本のそれと違い、その多くはフルカラーで、判型も大判のものが多い。また、制作のペースも緩やかで、1冊の消費サイクルも長いという特徴がある。エルジェ、メビウス、エンキ・ビラルなど有名な作家の作品は日本の書店でも販売されており、『AKIRA』などで知られる大友克洋氏をはじめ、影響を受けた漫画家も多い。
フランスでは現在、漫画全体の40%を『NARUTO』『ONE PIECE』『フェアリーテイル』といった日本の漫画が占めており、中には初版の段階で20万部発行している作品もあるのだという。
また、若手の漫画家の中には、デジタルでの作画や配信を活用している人も出始めているようだ。2013年のメディア芸術祭で新人賞を受賞したバスティアン・ヴィヴェス氏もその1人で、始めにWebで作品を無料公開し、その後紙の単行本を売る手法で、紙・デジタルともに大ヒットになっているという。
さらに、ペネロープ・バジュー氏の活動も紹介。バジュー氏は、運営するブログに自身が描いたキャラクターを登場させている。ブログ自体が漫画のようになっており、文字だけのブログよりも楽しんで読むことができる。バジュー氏は、このブログを通してファンとの交流を図っているのだという。なお、同氏のブログは日本語版も公開されているが、8月で更新が止まったままとなっている。
漫画を通した異文化理解
イタリアでは近年、漫画の影響で日本語を勉強する若者が増加傾向にあるという。クリサフッリ氏は「イタリアの漫画も日本語に翻訳され、日本で多く出版されるようになれば、イタリア語やイタリアの文化に興味を持つ日本の若者も増えるかもしれない」と、漫画を使った異文化理解に前向きな姿勢を見せた。
イタリアでは近年になるまで、高尚な文化のみが評価されポップカルチャー(大衆文化)は見下されてきたのだという。「私は60年代の生まれなのですが、子どものころはよく母親に『漫画を読むとイタリア語が下手になるよ』と言われました」とクリサフッリ氏。日本でもよく聞く話だが、イタリアでも似たようなやりとりがあることに驚きと親近感が沸いてくる。
しかしそうした大衆文化への否定的な見方は、イタリアで最も影響力のある作家の1人であるウンベルト・エーコ氏が自著『記号論』の中で、フメッティ(イタリア語で漫画の意)は再評価されるべきだと述べたことで、60年代〜70年代に掛けてだんだんと変化していったという。
「イタリアでは、伝統を重んじる傾向が強くまだまだ電子書籍は少ないが、デジタルの漫画が普及することで、イタリアでも世界でもポップカルチャーのファンと高尚な文化の支持者との距離が縮まることを期待します」(クリサフッリ氏)。
漫画イベントの盛んなスペイン
スペインでは、2012年のデータによると、出版全体の市場規模に対して漫画の割合はわずか2.2%で、そのうち40%が海外から入ってきたものだという。内訳は英語のものが40%、日本語のものが20.1%、フランス語のものが14.9%。
しかしこれはスペインで漫画の人気がないこととイコールではない。同国内ではさまざまな漫画イベント、いわゆるコミック・サロンが開催され、中でも10月30日〜11月2日にバルセロナで開催された第20回の「サロン・デ・マンガ」には、期間中に13万人以上の人が来場している(前回の来場者数は11万5000人)。サロン・デ・マンガは特に日本の漫画を多く扱っているイベントで、日本からは「ポケットモンスター」の作曲者として知られるゲームクリエイターの増田順一氏や、プロデューサーの大森滋氏らも参加した。
これまでスペインの漫画は、バンド・デシネやアメコミに影響を受けてきたが、最近では日本の漫画に影響を受けた作品も増えているという。
最近ではデジタルで絵を描く人や、Webで配信する人も増えているという。Webを活用することで、作品の配信だけでなく、読者からのコメントやレビューを受け取ることができる。「読者の声は、若い作家の制作の助けになるはずだ」とペレス氏は話す。
さらにペレス氏は漫画文化の国際化について、個人的な意見と前置きした上で「さまざまな国の作家同士が共同作業することにより、グローバルな作品が生まれ、より多くの読者に理解されやすい作品が増えるのではないか」とコメント。ただし、グローバル化ばかりに目を向けるのではなく、自分たちのルーツや、絵・シナリオの独自性といったものを忘れてはならないと、オリジナリティの重要性も説いた。
漫画のデジタル化と海賊版
ロシアでは、ソ連の時代に海外の文化を取り締まっていた影響から日本の漫画やアニメが入ってきたのは比較的最近のことだという。そのため、漫画を読む人はまだ少ないが、最近では、幼いころに漫画やアニメを見て感化された人たちが大人になり、会社を立ち上げ、日本の漫画をロシア語に翻訳する動きが見られるようになったという。
ロシアでも「コミッシア」と呼ばれる漫画イベントが開かれており、ロシアの漫画家の作品が販売されたり、日本のイラストレーター・村田蓮爾氏によるワークショップが開催されるなど、少しずつ漫画文化が広がりを見せていることも伝えられた。
しかし、海賊版の規制まではなかなか手が回っていないという。「都会では本屋で漫画やDVDが手に入るが、国土の広いロシアでは、生活圏に本屋がないことも多く、ネットで手軽に見られる海賊版に手を出してしまう人もいます」とジェーニャ氏。漫画のデジタル化が進むことで、海賊版を利用する人が減っていってほしいと、その思いを語った。
次世代の漫画家を育てる、日本の取り組み
漫画のデジタル化について里中氏は、「資源の問題や流通の問題から考えても、今後デジタル化は欠かせなくなる」と発言。海賊版にも言及し、「漫画の海賊版は紙の漫画をスキャンしたものが多く、そういった意味ではデジタル化が進めば漫画の海賊版も減っていくのではないでしょうか」とデジタル化がもたらすメリットについても述べた。
里中氏は、学生の描いた漫画をプロの漫画家が審査し、大賞を選出する漫画賞「デジタルマンガキャンパス・マッチ」に審査員として参加している。同賞は、デジタルマンガ部門、イラスト・キャラクター部門、未来のマンガ部門の3部門からなり、30以上の漫画編集部、70の大学・専門学校参加、未来の漫画を担うデジタルの才能の発掘を目的としており、出版社が開催するような漫画賞とは趣を異にする。
里中氏は、「日本はデジタルで漫画を描くためのツールが充実している。上手く活用して表現力の高い作品を描いてくれることを期待している」と、将来の日本の漫画文化を背負う、若き漫画家たちに向けてエールを送った。
漫画は平和の象徴
各国の漫画文化の現状や、デジタル化に向けた動きについて話し合われたシンポジウムは、ちば氏のこんな言葉によって締めくくられた。
「漫画がたくさん読まれている国は平和だ。戦争をやっている国では漫画はなくなってしまう。漫画は平和の象徴だ」。
——これは、アンパンマンの作者・やなせたかし氏が生前よく口にしていた言葉だという。漫画を通じて他の国々について理解を深め、争いのない平和な世界を作り上げる。漫画に課せられた使命は、思ったよりも大きなものなのかもしれない。
写真で見る海外マンガフェスタ
海外マンガフェスタの様子もお届けしよう。記者はこれまで海外の漫画に触れた機会はほとんどなかったのだが、ブースに置かれている作品はいずれもハイクオリティで、気付くと手には漫画の入った袋をぶら下げていた(ポスターを入れるための大きめの袋を持っていくことをおすすめする)。
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