黒背景に赤と白の文字で浮かび上がる「クール・ジャパンとは?」——「新世紀エヴァンゲリオン」のパロディ映像からスタートする3分の映像は、経済産業省公式アカウントでYouTubeにアップされたもの。6月に公布された「株式会社海外需要開拓支援機構法」、いわゆる「クール・ジャパン法」を紹介する内容だ。
ネット上では公開直後からこの動画について「あまりにクールじゃ無さすぎて逆に驚いた」「クールジャパンというより、ガラパゴスジャパン」「だれかお手本見せてあげて」など辛らつなコメントが続々寄せられている。動画を制作、公開した意図について、クール・ジャパン推進に取り組む同省クリエイティブ産業課の“中の人”を直撃した。
第一声は「ありがとうございます」
「いやぁ、記事にしてくれてありがとうございます」。取材場所に赴き、否定的な反響を含め記事にしたことを怒られるかとびくびくしていた記者に投げられた第一声に拍子抜けした。「一番怖かったのは、まったく見られないことだったんです。もう再生回数10万回も間近ですよ。こんなに話題にしていただけてうれしいです」と同課の諸永裕一総括補佐は話す。
「役所が発信するものってなかなか見てもらえないんですよ。分かりにくいし堅い上にどこに載ってるかわからないですもんね」(諸永さん)。日本のコンテンツなどを海外に売り込む「株式会社海外需要開拓支援機構法」(クール ・ジャパン法)公布を機に、改めて「クール・ジャパン」の趣旨を発信しようと考えた時、プレスリリースやWebページだけでは難しいのでは──と、内容を紹介する動画を制作しようと思い立ったという。イベントの報告などで映像を配信したことはあったが、法律の紹介として制作するのは初めての試み。1回見て印象に残るものを作ろうと思ったという。
映像では、海外の消費者に「クール(cool)と感じられている日本のもの・サービス」として(1)漫画、アニメなどのコンテンツ、(2)生活雑貨やB級グルメなど衣食住産業、(3)温泉施設や旅館、ブライダルなどのサービス、(3)地域産品、(4)ファッション——の4つのカテゴリを紹介。政府と民間が合同で出資する、今秋設立予定の「株式会社海外需要開拓機構」(クール・ジャパン推進機構)と資金の流れについても説明する。道行く人への街頭インタビューや、同事業に関わる職員がホワイトボードを手に登場するシーンもある。
「実際、パワポです」
映像は職員による手作り。コンテやプロットを坂本千典さん、映像編集を古屋星斗さんがそれぞれ担当した。2人は入省3年目の同期で、共にアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の大ファン。「コンテを上司に見せる時、さすがにやりすぎと言われるかなと思ったのですが、『いいじゃん』の一言で決まってしまいました」(坂本さん)
案出しや撮影も含め完成までおよそ2週間ほどを費やし、就業時間外に「趣味と仕事の間として、スペック低めのPCでちまちまと」制作したという。普段は政策立案に携わる2人は映像制作に関しては当然素人。「この動画に一体どれくらいの税金が、というコメントも見られましたが、費やしたのはただただ僕らの汗水です」(古屋さん)
「パワポ企画書クオリティ」というコメントもあったが、「お察しの通り、コンテの段階からパワポ」とのこと。「素人作業ですし、厳しい言葉しか来ないと最初から思っていました。でも無視されるよりずっといい。『クールすぎて寒気がした』というコメントにうまいこと言うなぁと感心したり、『(実際のアニメと違って)フォントが太字じゃない』と指摘されて焦ったり。みなさんに見ていただいてありがたいです」(坂本さん)
茂木敏充経済産業大臣をデフォルメしたゆるキャラも職員の手書きだ。イラストを担当した久保千尋さんは数パターンの「もてぎだいじん」をマウスで描いたという。「大臣には事後承認だったのですが、安倍総理もゆるキャラになっているので大丈夫かなと……。終始ご機嫌で、喜んでくれたようでよかった。『俺ってこんな顔か?』と笑ってました」(久保さん)
「クール・ジャパンというと漫画やアニメを連想する人も多いと思うが、実際に省として取り組んでいるのはもう少し広く、ファッションや食文化、伝統芸能まで含めた日本文化の発信なので、映像ではその広がりを見せたかった。役所の中の人の姿はどうしても届きにくいので、職員にも登場してもらった」(坂本さん)
「多様性を表現するためになるべく幅広いジャンルの写真を入れるよう気をつけた。実際映像を制作するとテレビやCMを見る目が変わる、当たり前ですが僕らが作るのと全然違う。プロがプロの仕事をきちんと果たせるようできるかたちで支援していくのが、自分たちの役目だと再確認した」(古屋さん)
「あなたの考えるクール・ジャパンとは?」
公開にこぎつけた動画は初日で再生2万回を突破。同時期に公開された同様の広報動画と比較しても10倍以上だ。「公開して数時間で、広報室から『炎上してますけど取り下げますか』と電話が。部署内では『やりましたね!』『おめでとう』という空気だったのでギャップがありました(笑)」(諸永さん)
辛らつな言葉を向けられることを予想しつつ動画を公開したのは、「改めて、あなたの考えるクール・ジャパンを問いかけたかった」からという。「自分の中にイメージがあるからこそ、『これはクールじゃない』『ダサい』という評価が出てくるはず。クール・ジャパンの言葉だけが1人歩きしていて誤解されている部分があるが、そもそも1人1人の感性や価値観は違って当然。こちらから一方的に定義付けるのではなく、みなさんの思う『クール』を拾い上げて生かしていきたい」(諸永さん)
「『俺が作った方がまし』『これをクールなMADにリメイクするお題?』などのコメントをいくつも見て、よしよし、と思ってました。ぜひ作ってもらいたいですよね、『あなたの考えるクール・ジャパンて何ですか?』を考えるきっかけになれば大成功です」(久保さん)
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