東京を中心に百貨店を経営する上場企業A社から、「ある従業員がトラブルになり、助けてほしい」という依頼がきた。依頼主は会社側の人間と思いきや、実はそこの労働組合である。「私用メール禁止」というルールに抵触した従業員のCさんに処分が下ったが、それを不服としたCさんと会社側との間で訴訟も辞さないほどに揉めているという。今回は情報セキュリティ関連だが情報漏えいの事案ではなく、組織内部の、しかも「私用メール」という事案である。
(編集部より:本稿で取り上げる内容は実際の事案を参考に、一部をデフォルメしています。)
事例
依頼主は筆者の知人でもある労働組合専従員のBさんだ。彼によると、トラブルの発端はCさんの「私用メール」が発覚し、会社側が「降格処分」を言い渡したことであった。就業規則に「会社のメールにおける私用メールは一切禁止する」という一文があった。
Cさんの上司であるD課長は、この処分について「就業規則に違反したのだから、文句の言いようがない」と話したそうだ。しかし、Bさんは内心で「誰でも多少は私用メールをしているし、この処分はCさんへの個人攻撃とも受け取れる、会社としても何も良い結果を生まないだろう」とも考えていた。そこで筆者には、「なんとか円満に解決したい」と要望した。
事案:百貨店経営のA社で主任職のCさんが、就業規則で禁止された「私用メール」を行い、人事部から「降格処分」の判断が下った。しかしCさんは「会社には従わない」と宣言。Cさんは管理者ではないため、労働組合に所属している。そこで、労働組合はCさんが不利にならないよう会社側と交渉したが、会社側は頑なにこの処分を撤回せず、交渉決裂にもなりかねない事態へ発展した。
Cさんは、就業規則で禁止された「私用メールをしていたこと」を認めている。それによって「降格処分」の方針が会社側から出されたのだがBさんの考えから労働組合が交渉するに至った。戦前からあるA社の労働組合は、いわゆる「御用組合」という雰囲気もあり、日本らしい労働組合ともいえるが。そんな中で依頼主のBさんは、「会社あっての組合だ。主張すべきところはするが、譲歩すべきところはする」という考えである。一方でCさんは、「顧問弁護士を個人で雇っても全面対決する」と息巻いていた。
筆者が状況について話を聞いていくうちに、Bさんからは「以前は○○だった」というコメントが何度も聞かれた。それは、今の世間の動向について「無頓着」という表現がぴったりくるほどに残念な印象を受けるものだった。その後の調査で次のことが分かってきた。
(1)A社は就業規則で「私用メール禁止」と記載している。従業員に対するコンプライアンス教育でも「私用メールはしてはいけない」と明確に言葉で伝えていた。
(2)しかし、一部の従業員は「程度の差はあるが、誰でも私用メールをしている」と証言している。
(3)Cさんの私用メールは1日平均3.2通。メールは「飲み会の案内」といった情報ばかりで、機密情報の漏えいは認められなかった。
(4)Cさんの行為が発覚したきっかけは、情報セキュリティ管理者によるメールチェックだった。ただ、会社側が従業員のメール利用をチェックしていることはほとんど知られておらず、コンプライアンス教育などでも知らせていない。「メールチェックを行う」という規定や文書も従業員には知られていない。
筆者が総務部に確認したところ、メールチェックは週に1回、情報セキュリティ管理者(情報担当役員や総務部の情報セキュリティ管理者、店舗ごとの担当者の計数人)がランダムで行っていた。明らかに「私用メール」と判断できる場合は、本人の直属の上司にメールで内容を報告しているとのことだ。Cさんのケースではその上司であるのD課長に報告された。本来はその範囲内でCさんが行動を改善すれば、それで済む話だった。
しかしCさんが主張するところによると、D課長はCさんに全く警告しなかった。それどころか前月になって突然、「君(Cさん)は毎日のように私用メールをしている。これは悪質な規則違反だ。次回の懲罰委員会で降格処分されるだろう」と告げてきたという。
総務部の報告を受けた際にD課長は、「Cさんのメールの私的利用を継続調査すべきだ」と申請したという。D課長は、「Cさんに何度も口頭で注意したが、無視された。だから継続調査をお願いした」と主張している。CさんとD課長の証言に食い違いがみられるが、「言った、言わない」の水掛け論になってしまうだけだろう。
筆者は、その他の部署などのケースについても確認したが、ほとんどが飲み会といった程度の内容であり、管理者の多くは私用メールの実態を知りながらも、「本人に話すほどではない」と判断し、本人に注意もせず、会社にも報告していなかったのである。それ故に、ほとんどの従業員がメールチェックのことを知らなかったようだ。
こうした事実確認が終わり、筆者は依頼主のBさん、当事者のCさんと上司のD課長、それに人事部長と情報担当役員を呼んで調査結果と改善策を告げた。
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