ちょっとした相談をしようと思って上司の近くに行ってはみたものの、何となく話しかけづらくて席に戻ってしまった——。上司が部下に、たまにこんな思いをさせてしまうことがあるのは仕方がない。でも、いつもこうだったら問題だ。
私が担当したセミナーに参加した30代半ばのAさんが投げかけてきたのも、そんな話だった。Aさんの上司は20人くらいのメンバーを束ねているのだが、自分からは全く部下に話しかけないというのだ。
自分たちのようなベテラン社員はいいとしても、若手はなかなか自分から上司に話しかけられるものではない。若手スタッフからも、「上司に話したいことはいろいろあるんです」と聞いていたAさんは、「時々は、〇〇さん(上司の名前)から部下に話しかけてもらえませんか」と上司に進言してみた。
ところが……。上司から帰ってきたのは驚きの一言だった。
Aさんの上司: 「いったいメンバーが何人いると思っているの。全員に話しかけていたら、オレの仕事が進まないじゃないか」
こう断られたAさんは心底がっかりしたという。
部下とのコミュニケーションは上司の“役割”
Aさんの上司が、「部下との会話は“自分の仕事”ではない」と思っているとしたらそれは大間違いだ。
この話を聞いて、以前、ある企業の役員から聞いた話を思い出した。彼は「『現場のプレイヤーとして高く評価された結果マネージャに抜擢された人』の中に、その職務についた途端、評価がガタ落ちするタイプがいるんだよね」と言うのだ。
「うちでも10数人の部下を抱えることになった人が、一向に部下とコミュニケーションを図らなかった。理由を聞いてみたら、『私は、人と話すのは得意じゃないので』と言うんだ。上司になったら、部下とのコミュニケーションは、“役割”としてこなさなければならず、『好き嫌い』や『得意不得意』が入り込む余地はないというのに……。まぁ、彼に対する私の指導もまだまだ足りないってことでもあるんだけどね」
そう言われるまでは私も、この手の問題は「上司だってコミュニケーションが得意な人と不得意な人がいるよね」「マネージャといっても、人の指導が好きな人とあまり好きじゃない人がいるよね」といった“個人差”や“個性”によって起こるものと思っていたが、この経営者は「そうではない」と言う。
本来、マネージャになったら、プレイヤーとは異なる視点でチームを見ていかなければならない。自分がどう動くかを考える以上に、部下をどう動かすかを考えることになるだろう。自分の成果よりもチーム全体の成果を優先させなければならない。それが上述のようなタイプだと、たまに意識を変えられない人もいる。
“マネージャ”“上司”という“役割”を引き受けたからには、その“役割”に応じた仕事が求められる。それは、プレイヤーとして自分が頑張るという世界から、部下をうまくその気にさせ、組織を挙げて成果を出すというように、組織に対する見方を変えるとともに、部下やその他の関係者ともこれまで以上に自分から積極的に会話をする必要がある。これが役割として果たすべき責務——つまり、”仕事”なのだと考えなければならない。
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