「嫌な出来事の記憶」を「楽しい出来事の記憶」に光を使って置き換えるマウス実験に成功したと理化学研究所が8月28日、発表した。出来事の記憶の情緒面を制御する脳内メカニズムを明らかにするもので、うつ病の新しい治療法の開発への貢献が期待できるという。
実験は、理研の脳科学総合研究センターRIKEN-MIT神経回路遺伝学研究センター長でノーベル生理学・医学賞受賞者の利根川進マサチューセッツ工科大学教授らのグループが実施。成果は英科学誌「Nature」に掲載された。
嫌な出来事の記憶と結びついた場所で楽しい出来事を体験すると、嫌な記憶が薄れて楽しい記憶に変わる場合がある。記憶は情緒面に大きく左右されるためだが、こうした記憶の置き換えが生じる脳内のメカニズムは分かっていなかった。
実験は「光遺伝学」によるマウスを使って行われた。光に感受性があるたんぱく質を、遺伝子工学を使って特定の神経細胞群に発現させるもので、その神経細胞群に光を当てることで、神経細胞群を活性化させたり抑制することが可能になる。
記憶のうち、出来事が起こった時の状況や、嫌い・楽しいといった情緒面といった要素は、脳の海馬と扁桃体という領域に保存されることが知られている。研究チームは、この2つの領域とそのつながりに保存された嫌な出来事の記憶が、楽しい出来事の記憶に取って代わられるかどうかを調べた。
まず雄のマウスに弱い電気ショックを与え、嫌な記憶をマウスの脳内に作り、その際に活性化した海馬の神経細胞群を光感受性たんぱく質で標識(この部分にだけ光感受性たんぱく質遺伝子を発現させること)した。この細胞群に青い光を当てると、マウスは嫌な体験を思い出してすくんでしまう。
だが、細胞群に光を当てたまま(嫌な記憶を活性化させたまま)、雌のマウスを同じケージに入れて1時間ほど遊ばせてやると、雌と遊んだ楽しい出来事の記憶が同じ細胞群に作られていることが分かった。嫌な記憶が楽しい記憶に置き換えられたことになり、その逆も可能なことが確かめられた。
一方で、海馬の下流に当たる扁桃体の神経細胞群では、同様の手法を使っても記憶を置き換えることはできなかった。
このことから、記憶の情緒面の制御では、海馬と、海馬−扁桃体のつながりがそれぞれ可塑的であることが重要だ、と利根川氏は述べている。うつ病患者は楽しい記憶をなかなか思い出せない状態になっているケースが多いが、これは海馬と扁桃体の可塑性の異常が原因の1つになっている可能性があり、新しい治療法への貢献が期待できるとしている。
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