前回は、システム開発において、ユーザーから検収を受けたにもかかわらず、その後に発覚した不具合の多さとその対応のためにベンダーが支払いを受けられなかった紛争について述べた。「システムの完成は認めるが、支払いは認めない」とする裁判所の判断は、私にとっても印象深かった。
裁判所は検収書を軽視しないが盲信もしない
前回も書いたが、この判決は裁判所が検収書を軽んじていることを示すものではない。私が担当した紛争も含め、多くの裁判では、やはり検収書をシステムの完成を示す重要な証拠と考える場合が多い。むしろ、この事件のように検収書が「錦の御旗」とならない判断の方が少数派であろう。
ただ、申し上げたいのは、裁判所は「単に検収書の印鑑だけを見て、債務を履行したと判断するほど、しゃくし定規な判断を行う所ではない」ということだ。東京地裁で平成24年2月29日に出た判決(東京地裁 平21ワ18610号)では、完成したシステムに不具合が残存することを理由に検収行為を行わないユーザーに対して、以下のように述べて支払いを命じた例もある。
東京地裁 平成24年2月29日判決より
一般にソフトウェア開発においては、プログラムに一定程度の確率でバグが生ずるのは不可避であって、納入後にデバッグすることを予定せざるを得ないものであるところ、仮に、ユーザー主張の上記画面(不具合の残存する画面)が、本件システムの納品および検収の際に残存していたとしても、ユーザーがこれを指摘すればベンダーにおいて遅滞なく補修を行い得ることは明らかであって、そのような場合をもって納品物に瑕疵(かし)があるとか、まして本件システムが未完成であるなどということはできない。
「ソフトウェアというものが、本番稼働後も何らかの不具合が残るものであり、その全ての補修が完了しないと完成とは見なさないとの考えは、およそ現実的ではない」というIT独特の考え方は、裁判所も十分に承知しているのだ。
そして、こうした考えの下、検収については以下のように述べている。
東京地裁 平成24年2月29日判決より(続き)
本件契約においては、Y会社は、本件システムの納品後、遅滞なく検査し、10日以内に検収を行って書面で通知すること、上記期日までに通知がされない場合は検収合格したものとされることが定められており、本件において検査に適合しない箇所の通知があったものとは認められないから、納品および検収の事実を認定することができる。
契約書の内容に鑑みて、検収書なしでも検収と納品を事実認定している。この場合は契約書の記述が1つのポイントではあるが、最初の抜粋と併せて考えると、「このシステムは完成し業務に使用できるのだから、検収書がなくても事実上の検収を認定できる」という結論を導き出している。
一方で、検収書が存在しても、納入されたシステムの出来栄えと検収書の内容を裁判所が吟味した上で、システムの完成はもちろん、テストの実施すら否定した以下のような例もある。
東京地裁 平成21年7月31日判決より
納入したプログラムには、テスト仕様書に基づきテストを行ったにしては通常考え難い多数の不具合が発見されていること、本件システム開発の「御検収依頼書兼納品書」と題する書面の納入物件の中には、テスト結果報告書が含まれていないことに照らせば、単体テストおよび結合テストを行ったとの事実を認めることは困難である。
いずれの場合を見ても、裁判所が検収書のみを盲信して判断していないことが分かる。
確実に支払いを受けるために、ベンダーがやっておくべきこと
これらの判決は、「ベンダーは請負契約において、自身の仕事が完成したと言いきるために、どんなことをすべきなのか」、その知見をベンダーに与えてくれている。前回と今回の記事で紹介した判決をはじめとして、システムの完成と検収、および支払いに関わる紛争とその結果を調べてみると、ベンダーが自らの仕事を完成させ費用を請求するには、以下の点が必要であることが分かるのである。
- 計画され、ベンダーが担当するとされていた工程を、全て完了していること
- 完成したシステムが業務に使用でき、導入の目的に照らして妥当であること
- 残存した不具合についてのベンダーの補修が確実であること
- 検収書に発注者(ユーザーなど)の押印を得ていること
最後の検収書については、上述した通り、それだけでは債務の履行を証明しきれない場合も多いが、それでも発注者が正式に発行した文書である以上、紛争であるかないかにかかわらず重要な文書であることに変わりはない。次ページで、もう少し詳しく見てみることとする。
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