最近、ホームシアター市場を賑わせている「Dolby Atmos」(ドルビーアトモス)。8月21日にはドルビージャパンが都内で技術発表会を行い、対応AVアンプを発表しているオンキヨー、D&Mホールディングス、ヤマハ、パイオニアの4社が実際にデモンストレーションを披露した。劇場では評価の高いドルビーアトモスだが、ホームシアターに何をもたらすのか。AV評論家・麻倉怜士氏に解説してもらおう。
——世界中でドルビーアトモス対応の映画館が増えているようですね
麻倉氏:全世界で650スクリーンが対応していて、特に米国のハリウッド周辺や中国、インドに多いようです。日本でも10館以上の劇場が対応済みで、「グラビティ」や「アナと雪の女王」などの人気映画が上映されました。
このように注目度が高まっていることを背景に、今回ドルビージャパンが初めて公式な発表会を行い、家庭への展開を語りました。来日した米Dolbyの技術担当担当シニア・ディレクター、Brett Crockett(ブレット・クロケット)氏は、「過去20年間のサラウンドの歴史の中でも最高の技術ができた」と話していました。実際、ドルビーアトモスは見る人に圧倒的なサラウンド効果と感動を与える“革命的な新方式”だと、私も思います。
——従来のサラウンドと何が違うのですか?
麻倉氏:これまでの家庭用サラウンドフォーマットを振り返ると、1980年にアナログの「ドルビーサラウンド」が4.0chで始まり、1990年代には「ドルビーデジタル」(AC3)で5.1chになりました。Blu-ray Discの時代に入ると「ドルビーTrueHD」のようなロスレスコーデックが登場し、7.1chや9.1chになります。一方で「ドルビープロロジックIIz」のようにハイトスピーカーを使用するものも出ましたが、基本的に従来のサラウンドは“チャンネル数の拡大”と“音質の向上”がメインだったといえるでしょう。
対してドルビーアトモスでは、音をオブジェクト化する「オブジェクトオーディオ」の手法により、音像定位の正確さが圧倒的に向上しました。しかも天井スピーカーを利用することで、垂直方向を含め視聴者を取り巻く三次元空間の任意の位置に音像を定位させることができます。つまり映画制作者は、従来よりもはるかに精密で、かつ物語に沿った“音の演出”が可能になったのです。これが大きな違いです。
——オブジェクトオーディオはそんなにスゴイのですか?
麻倉氏:たいへん重要なポイントです。従来の劇場では、フロントに3つ(L/R、C)のスピーカーがあり、それを囲む形で左右とリアにもスピーカー列を設けます。この場合、センターに音像を定位させるのは簡単ですが、後ろのある場所から飛行機が現れ、横をすり抜けるといった指定はできません。この場合、最初にリアスピーカーから小さく音を出し、サイドスピーカーに移り、さらにフロントスピーカーに移動するといった大まかなエリア指定だけです。つまり、定位というよりは、雰囲気として音を出していく音設計だったのです。
サイドとリアはスピーカー列で同じ音が出るので、観客は自分に近いスピーカーから音が出てくると感じます。でもそれはディレクターズ・インテンションではありませんね。天井スピーカーもありませんから、高さ方向の変化をつけようと思えば、位相をいじるなど無理なことをしなければなりませんでした。それが従来のチャンネルベースのサラウンドが抱えていた問題です。
対してドルビーアトモスでは、従来とはまったく違うオブジェクトベースの手法を採用しました。1つ1つの音をオブジェクト(物体)として捉え、その絶対位置をX軸、Y軸、Z軸で指定します。一方で、音を出すスピーカー(チャンネル)は指定しません。そのとき指定された座標に音を定位させるのに、その環境において、最適な複数のスピーカーがDolby Atmosのプロセッサー(CP-850)によって選択されます。ここがチャンネルベースのサラウンドと決定的に異なる部分。先ほど例に挙げた飛行機の移動はもちろん、空から現れたUFOが縦横無尽に動き回るといった表現も簡単です。
映画制作者は、これまでやりたくてもできなかったテクニックが使えるようになりました。しかも作業量は従来の映画音響と変わりません。ツールを使えばマウス操作で簡単に作れるのです。
この新しいサラウンドフォーマットが劇場で受け入れられ、それと同じようなクオリティーの音場が今後は家庭でも楽しめるようになります。実に活気的ですね。
——劇場用と家庭向けのドルビーアトモスでは、仕様に違いはないのでしょうか。
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