さて100回を超える長期連載となった本コラムだが、今月をもって終了することとなった。これまで子供とケータイの関係、そしてその先にある子供のインターネット利用について、定期的に最新情報を投下していく意義はあったろうと思う。多くの方の意識も、規制から教育へシフトしてきた手応えを感じる今日この頃である。
さて今回も含めて、残り2回、何について書こうかと考えたが、最後はこれまでの子供とネットにまつわる動きをまとめておいた資料を皆さんに共有して終わりとしたい。おそらくこういうことを時系列で並べた資料は、世の中にないだろうと思われる。もちろん筆者が知っている範囲の事しか書かれていないので、当然漏れはあるだろうが、大まかな流れを把握する上で役に立つだろう。
2003年前後 〜ケータイ安全神話崩壊の時代〜
まずは携帯電話の世帯普及率の変遷から眺めてみたい。「社会実情データ図録」というサイトによれば、携帯電話の普及は1996年から2001年ぐらいまでの間で急速に高まっていったことが分かる。2003年頃に9割を超え、あとは飽和状態にある。
子供に携帯電話を持たせるような動きが起こってきたのは、2003年前後ではなかったかと記憶している。両親が共働きや母子家庭の子は、ケータイを首から提げて公園で遊んでいたものだった。子供の安否確認をする道具として、携帯電話は便利だったのだ。NTTドコモが公開している「iモードの歴史と進化」(PDF)という資料によれば、まさにこの頃iモードの契約者数が8割を超え、ケータイがネットにつながるようになってきた。
ただ、子供に持たせるケータイは親のお下がりで、子供のために新規で買うという例は少なかった。つまり、携帯電話が十分に行き渡った2003年頃、保護者の機種変に伴って古い端末が大量に余ったのだ。それを子供に渡すという流れができたのだと思う。これにはちゃんとした調査資料はないが、少なくとも僕の近所の子供たちは、そうだった。
子供が持っているケータイは2年過しの古い機種だったので、iモード非対応のものもそこそこあったわけだ。つまり、通話とキャリアメールぐらいしかできない端末だからこそ、子供に持たせていたという事情もある。
当時、キッズケータイなどというものは存在しない。日本で(おそらく世界でも)初めて出たキッズケータイは、2006年の三洋電機製「FOMA SA800i」である。1996年にドラえもん型PHS「パルディオ 316S」というモデルが出たことがあるが、これは子供向けというよりもシャレの分かる大人向けという位置付けであったろう。
その当時、子供にケータイを持たせるのは危険とする考え方はなかった。一部に電磁波による健康の問題として持たせるべきではないと主張する人はあったが、主流にはならなかった。
ただこの時期に、子供に対してメディアを規制すべきという芽が生まれたことはご記憶願いたい。そのきっかけとなったのは、2002年にNHK出版から出された、「ゲーム脳の恐怖」(森昭雄 著)である。
この書籍では、テレビゲームや携帯電話、PCといった電子機器が人間の脳に悪影響を与えると主張するが、のちに科学的根拠がない、あるいは用語からして誤りだらけだとして多くの研究者から否定されることとなった。NHK出版から出たということで教育界にはかなり深く浸透したが、その後の評価を知らない教育関係者も多いため、今でも地方に講演に行くとケータイをゲーム脳に結びつけて語り出す「指導員」の方がいて、驚くことがある。
2003年には、石川県野々市町(当時)で、“携帯持たせない運動”がスタートしている。全国から見てもかなり早いスタートで、のちに多くのメディアが取材に訪れることになる。
当時野々市町では、町役所の移転に伴って街の繁華街の様相が変わること、モーテルやデリヘルといった風俗産業の出店などが地域社会の懸念点となっていたことなどから、地域住民で作る子供の見守り活動の一環として、運動がスタートした。その背景には、学校では携帯電話に関しての指導ができないという事情もあった。この考え方が、後々大きな流れとなっていく。
2004年〜2007年 〜ケータイ叩きの時代〜
2004年からは、徐々に携帯電話がらみの犯罪が表面化し始め、メディアが騒ぎ始める。例えば架空請求の被害件数は、国民生活センターが当時公開した資料(PDF)によれば、2003年に35万件超え、2004年には43万件を超えている。2001年には2万件弱であったことを考えても、激増と言っていい。
また同年、当時群馬大学社会情報学部大学院研究科教授であった下田博次氏の「ケータイ・リテラシー—子供たちの携帯電話・インターネットが危ない!」がNTT出版より出された。
その一方で同じ年に、東京都の私立中高一貫校である東京聖徳大学中学校・高校では、生徒の携帯電話学校持ち込みを公式に許可している。遠距離通学者が多い私立では、保護者の意向で携帯電話を持たせる例が多く、これに対応した決断だった。のちに慶応義塾幼稚舎のような私立名門幼稚園でも、公式に「子供には携帯電話を持たせてください」と指導することになる。つまりこの頃から、「ケータイは危ない」という社会認識と、安全のためにむしろ必要とする私立校のスタンスが、別れ始めたということになる。
2005年には、総務省と文科省が中心となって「e-ネットキャラバン」が関東地区で試行、翌年から全国展開が始まっている。e-ネットキャラバンは、現在も続いており、今でこそケータイも含めてインターネットの安全・安心に関する啓発活動と言うことになっているが、スタート当初のテキストを見ると、インターネットの危険性を訴えることがメインの内容となっている。当時としては、まず危険性を認識させることが重要視された結果だろう。
e-ネットキャラバンは、本来ならば2009年に終了するはずだったが、全国から申し込みが途絶えず、今もまだ続いている。
2008年 〜法規制の種まき時代〜
2008年は、政府を含め、法律が大きく動いた年である。いわゆる「青少年ネット規制法案」がリークされ、ネット企業の間で大問題となった。この年、学校ではメール依存、プロフ、学校裏サイトといった問題が噴出し、メディアでも注目を集めた。
また同年6月に秋葉原無差別殺傷事件が発生、若者の孤立とネットの関係が取り沙汰された。2ちゃんねるで犯行予告を行ない、実行したケースとしては、2000年に起こった西鉄バスジャック事件、いわゆる“ネオむぎ茶事件”以来の死傷者数を出す事件となった。この事件がきっかけとなり、警察がネットの書き込みを厳しく監視し、殺害予告などを積極的に捜査、逮捕するという流れが起こった。翌年には、中高生や小学生までもが、ネットの書き込みで書類送検されている。
結局青少年ネット規制法案は「青少年インターネット環境整備法」という格好で年内に可決され、翌年4月から施行されることになるわけだが、ネット業界はその対応で大きく動いた。
まず2008年、「I-ROI(インターネットコンテンツ審査監視機構)」が発足している。ネットコンテンツの審査を行なう団体だが、現在まであまり存在感が発揮できているとは言いがたい。
一方時を同じくして発足した「EMA(モバイルコンテンツ審査・運用監視機構)」は、当時もっとも問題であったケータイSNSやコンテンツを審査する機構として、良くも悪くも注目を集めた。
現在のMobage、GREEなどは、当時はケータイSNSサイトであり、警察当局の出会い系規制ではじかれたいわゆる“出会い厨”が、援助交際目当てに一斉に押し寄せていった。これらケータイのSNSは「非出会い系」と呼ばれ、のちに大きく規制されていくことになる。
ケータイ・ネット関連事業者で作る「安心ネットづくり促進協議会」はこの年の10月に発足され、翌年から活動を開始した。また筆者が代表理事を務める「MIAU(インターネットユーザー協会)」は、当時から法規制に反対し、「法規制の前に教育があるべき」というポリシーを掲げ、独自に子供向けネットリテラシー教育教材の開発と無償配布を開始した。
次回は法規制が動き出した2009年から現在までの動きをまとめていく。
小寺信良
映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作は、ITmedia Mobileでの連載「ケータイの力学」と、「もっとグッドタイムス」掲載のインタビュー記事を再構成して加筆・修正を行ない、注釈・資料を追加した「子供がケータイを持ってはいけないか?」(ポット出版)(amazon.co.jpで購入)。
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