今年55歳になる私の母は、クリックとダブルクリックの違いが飲み込めないほどの大の機械音痴でした。数年前、職場で文字入力とWeb検索のやり方を覚えたものの、趣味の温泉旅行はいつもテレビや雑誌、旅行代理店のパンフレットで情報収集をしていました。
しかし2012年秋、転機が訪れます。姉の子ども、つまり母にとって初孫が生まれたときのこと。私はiCloudのフォトストリーム機能を使い、自分のiPhoneで撮影した姪の写真をiPadと共有しました。このことがきっかけで母はiPadに興味を持ち、使い方を覚えていきます。姉家族とは普段会えないので、ひまさえあればiPadで孫の顔を見るようになりました。「寝る前に孫の写真に話しかけるのが楽しみ!!」とうれしそうに話す母。って遺影じゃないんだから……。
「この平らな板をポチポチ触ればいろんなことができるらしい」と知った母に、私はSafariの使い方を教えました。タブの概念が理解できないらしく、たまにタブが何十も開いていたこともありますが、今では趣味の温泉旅行について検索し、乗換検索や天気予報アプリを使いこなすまでになっています。
そして今年の6月、私のお古のiPhone 4Sを自宅のWi-Fiでつなぎ貸してみたところ、説明なしでiPhoneのビデオ通話やWeb検索をできるようになっていました。デジモノにうとい中年女性が2年足らずでこの成長、驚きです。
こうなると実生活にも影響が現れ始めます。趣味の情報収集方法が、雑誌などからアップル製品に取って代わりました。情報が簡単に手に入ることで好奇心が膨らみ、一人旅までするようになったのです。旅行中はホテルのWi-Fiを使い旅行のプランを立てたり、iPhoneのカメラで観光地を撮影したりと旅を満喫して帰ってきました。
母はiPadやiPhoneを使い始めたことで、「情報収集が手軽にできるようになった。前は雑誌、電話で調べていたが、今はすぐに検索で出てくる」と語りました。「写真も手軽に撮れるし、それを見返すのも楽しい」「テレビ通話のおかげで孫の顔を見るのが楽しい」と生活がまるで変わったようでした。
自他ともに認める機械音痴だったはずでは……? これに対して「昔職場でキーボードの打ち方やWeb検索の方法を覚えた。その応用でそれほど難しくはなかった」と母。
一方私は、母にiPadの使い方を教えるうえで、アップル製品のシンプルさに助けられた部分があると感じました。いまだにiPadとiPhoneの違いが分からず、インターネットに接続できる仕組みを知らず、アプリの概念すら理解していない人間でも、いくつかのステップを踏めば目的まで容易にたどり着くことができます。
彼女のような人にとって、デバイスの仕組みやスペックはどうでもいいのです。iPadやiPhoneを使うことで新たな楽しみが増え、生活がいい方向へ変化する。一人の人間がアクティブに変化する様を見て、私はアップルの根本的な考え、すなわち「よりシンプルで、より便利で、より楽しめる体験を作る」を実感しました。
テレビCMを見れば分かるように、アップルの現在の広告戦略は、「アップル製品を手に入れることでどんな生活がもたらされるか」にフォーカスしていることが分かります。
女性がモニターにハンマーを投げつける映像が衝撃的な「1984」、iMacが音楽に合わせくるくる回る「Colors」、『こんにちは、Macです』『こんにちは、パソコンです』とそれぞれを擬人化した男性のあいさつから始まる比較広告CMなど、これまでアップルは印象的なCMを作ってきましたが、2013年からは広告の表現方法が変わり、人々がiPhoneを毎日の生活の中でどのように活用しているかを切り取っています。
ジョブズ氏はかつて、「人間の体験を理解すればするほど、よりよいデザインを実現することができる」と語りました。また、iPadの発表会では「アップルはテクノロジーとリベラルアーツの交差するところに立つ」とも主張しています。
製品の機能や概念を見せながらも、あくまで使うのは人間であること。私たちがアップル製品を使い、生活をどう変えていくのか、何を生み出すことができるのか——母の生活の変化は、まるでCMの中の人々と同じように感じられました。
ただ、母は最近、「夜寝る前についiPadを見てしまって、生活リズムが崩れがち。夜更かしの原因になることもあるので気をつけないといけない」と反省している様子。そこまでハマるとは……うれしいけれど、少し複雑な気持ちです。
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