サンプリング周波数やビット深度など、ハイレゾ音源の情報量を示す数字はいくつか存在する。しかし一方で、ハイレゾ音源のマルチチャンネル化や人の可聴域を超えた“ハイパーソニック”など、別の角度から音楽にリアリティーを加える手法も登場しているようだ。AV評論家・麻倉怜士氏に最新の動向を紹介してもらった。
麻倉氏: 前回はハイレゾ音源配信を組み合わせたユニークなパッケージタイトル「シューマン 交響曲全集」(サー・サイモン・ラトル指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)を取り上げましたが、今回はマルチチャンネルなど、新しい切り口で制作されたコンテンツが続々と作られているという話をしたいと思います。
2つの作品を紹介したいのですが、まずは北村憲昭さん指揮、ワルシャワ・フィルハーモニー交響楽団のドビュッシー「海」、ラヴェル「ラ・ヴァルス」、ドリープ「コッペリア」です。DSD 5.6MHzのステレオダイレクト録音を行い、そこからハイブリッドSACD(2.8MHz DSD、CDとしても再生可)と192kHz/24bitのPCM音源ファイルを収録したDVD-ROMを制作。1つのパッケージにしました。このレーベルは、このようにハイレゾ音源をDVD-ROMに記録する手法で過去にも数タイトルを発売しています(発売元はアイ・クオリア)。
なかでも注目は、後でリリースされるDSD 5.6MHzの配信音源です。4.0chのマルチチャンネルで、容量は10Gバイトくらいあるのですが、それをインターネット経由で配信するそうです。私も先日、コルグの「G-ROCKスタジオ」で聴きましたが、実に素晴らしい音でした。システムはマークレビンソンのアンプにB&Wのスピーカーを4本というハイエンドな構成。まさに「目の前にオーケストラが演奏している感覚」でした。DSD 5.6MHzならではの鮮明なマルチチャンネル音声を聞くことができました。
録音エンジニアはMu-Murakami(村上輝生)さん。コルグの業務用レコーダー「MR2000」で収録しており、再生時にも「MR2000」2台をデコーダーに使用していました。DSDは、2.8MHz(SACDなど)だと“それらしいクセ”というか、なよっとした暖かさが特徴ですが、5.6MHzになると非常に鮮明で剛毅(ごうき)、かつひじょうにしなやかです。ヒューマンで鮮明な素晴らしい音でした。
——一般の家庭では再生できるのでしょうか
麻倉氏: 現在のコンシューマー機器では、DSD 2.8MHzのマルチチャンネル対応機はいくつか存在するのですが、5.6MHzのマルチはほとんどありません。しかし、きちんと設計されたミキシングのハイレゾ・マルチチャンネルは非常に感動的です。その感動を表すのに2.8MHzではちょっと足りません。今後は5.6MHzの音源を配信し、それをきっちり再生できることが、最高の環境になるのではないでしょうか。
一方、音源制作の現場では、DSDの編集がまだ難しいという難点もあります。現在はリニアPCMに変換して「PRO TOOLS」で編集するというパターンになっていますが、コルグが開発した「Clarity」(クラリティ)というシステムを使うと8chマルチトラックのDSDネイティブ収録と編集・ミックスまで行えます。
ただ、このシステムを現在使用できるのは、コルグ社員のほかはオノ セイゲンさんなどわずか3人。また他ファイルからの挿入、入れ替えが難しく、システムとしての成熟度もまだ低いのが問題です。そこで村上氏は独自の編集スタイルを考案しました。リニアPCMに変換し、まずPRO TOOLSを使って編集、そこからデータシートを抜き出し、それに沿って手動でClarityにてイベントをインプットするという面倒なやり方ですが、DSDの編集への新たな道を拓いたことで大いに注目されます。Clarityの問題としては編集の3世代前を参照しようとするとスムーズに動かなくなったり、ちょっと波形を見てみると時間軸が狂ってしまったりするそうです。つまりトラブルが出ることも予測して作業できる人しか対応できません。でもDSD 5.6MHzというフォーマットはあまりに素晴らしいので、コルグには早く多機能な編集環境を作り上げてほしいものです。
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