『ReLIFE』『ももくり』『ネト充のススメ』『保留荘の奴ら』——ここに挙げたマンガをどれか1つでもご存じだろうか。これらの作品は、今、多くの支持を集めている。
これらの作品が掲載されているのは、商業出版物のマンガ誌ではない。オリジナルマンガを無料で配信するNHN PlayArtの「comico」がその場だ。
NHN PlayArtは、NHN Japan(現LINE)による会社分割で2013年4月に誕生(NHN Japanの商号からNHN PlayArtに変更されたのが同年8月)。それまで、ハンゲームなどゲーム事業を主に手掛けていた同社だが、同年10月にリリースしたcomicoは、瞬く間に無料コミックと呼ばれる領域に進撃した。
前後してDeNAの「マンガボックス」、KADOKAWAの「ComicWalker」も登場する中、comicoはアプリリリースから約7か月後の2014年4月29日には200万ダウンロードを突破。現在は300万ダウンロードに迫らんとしている。「無料だけどオリジナル作品だけ」——comicoは、そんな言葉からわたしたちが受ける印象を確実に変化させている。
大手出版社も無料マンガサービスを続々と展開する中、comicoがユーザーを引き付けるのはなぜか。「comicoはデジタルのトキワ荘」と話す、NHN PlayArt代表取締役社長の稲積憲氏にeBook USER編集長の西尾泰三が聞いた。
コミックの領域で「楽しさを創造する」とはどういうことか
西尾 comicoの250万ダウンロード突破、おめでとうございます。すばらしい勢いですが、この数字はどう受け止めておられますか。
稲積 ありがとうございます。想定していたよりもかなり多いというのが正直な感想で、非常に驚いています。多くの読者、ユーザーの方に支持して頂けたのだなと、感謝しています。
西尾 例えばApp Storeの無料ブックカテゴリをみると、comicoは常に上位に位置していますね。ところでNHN PlayArtはPCオンラインゲームやLINEゲームなどゲーム領域が強い印象ですが、comicoという一見畑違いの領域に進出した背景は?
稲積 私どもが2013年、LINEと分社した際、社名はNHN Japanという名称で、ゲーム事業をコアとする会社でした。8月にNHN PlayArtと社名変更したのですが、この名前に込めたのが「楽しさを創造する」というものでした。
PlayArtは私どもの造語ですが、“楽しさを創り出す”というところで、ゲームだけでなく、より幅広いエンターテイメントを提供していこうと。ゲームに最も近い位置にあるのがコミックの分野ではないかということで、コミック事業に参入することにしたのです。
西尾 なるほど。稲積さんには昨今の出版業界はどのように映っていますか?
稲積 この数年、出版業界が低迷しているというお話は伺っていて、確かに電車の中でも週刊誌を開いて漫画を読んでいる姿はあまり見なくなりました。しかし、これは読者のニーズが突然なくなったわけではなく、やはり、スマートデバイスの普及・拡大が影響しているのだと思うんです。
私たちの習慣が紙からスマートフォンに移っていく中で、本当に読みたいものを、スマートフォンに最適化した形で、毎日・毎週提供していく。スマートフォンというデバイスで長年コンテンツを提供してきた私たちだからこそ提供できた新しい楽しみの形が、受け入れて頂けたということではないかと思います。
西尾 ゲームとコミックの分野が近いということですが、ゲーム開発で培ったノウハウは、comicoにどう生かされているんでしょうか。
稲積 私どもに限って話をすれば、非常に親和性、シナジーが大きいと感じています。
というのも、私どもがゲーム事業でやってきたのは、単にゲームを制作するのではなく、ゲームを楽しむためのプラットフォームを運営し、当社やほかの運営会社さんが制作される魅力的なコンテンツを引き出してユーザーに提供する、ということです。それも、コンテンツをユーザーの前に単純に並べるだけではなく、イベントをやったりコミュニティー運営をしたりして、“ユーザーを楽しませる”サービスを提供してきたのです。
そういう意味で、comicoも、他の方——ここでは作家さん——が制作されたコンテンツの魅力を引き出して、いかにユーザーを楽しませるか、という点で親和性があると思っています。
デジタルのトキワ荘 comicoのアプローチとは
西尾 comicoと同様の無料コミック配信サービスとしては、KADOKAWAが手がける「ComicWalker」、ディー・エヌ・エーが講談社などと協力して手がける「マンガボックス」などが挙げられます。既存の有名作品の移植やスピンオフ作品を中心に構成されるComic Walkerやマンガボックスとオリジナル作品だけで構成されるcomicoはアプローチが違いますよね。
稲積 どれが正解というわけではなく、各社ごとの異なるアプローチがあっていいと思っていますが、私たち自身はcomicoを「デジタルのトキワ荘」にしたいと言ってます。
他社さんは紙の時代からのコンテンツの蓄積があり、有名な作家さんを多数抱えていらっしゃる。その読者もそうした作家さんたちの作品を待っているんだと思います。
一方で、私たちはそうしたコンテンツの蓄積がありません。ですから、紙ではなかなかデビューする機会がなかった作家さんにデジタルでデビューしていただいて、連載を続ける中で成長していただく。そうやって作家さんたちとともに成長していければという思いで運営しています。
西尾 「デジタルのトキワ荘」は面白いキーワードですね。comicoのマンガは、主にスマートフォンから読まれる想定で、縦スクロールのコマ割り、表現方法で描かれています。
戦後の漫画黎明期に手塚治虫さんを慕った当時の若手漫画家たちが集い、現在の漫画の礎を築く発信基地となったトキワ荘ですが、デジタルのトキワ荘という言葉に込められた意味をもう少しお聞きできますか。
稲積 聞いたところによると、現在の漫画で用いられる大小組み合わせたダイナミックなコマ割りというのは、手塚治虫さんが考えられたそうです。そこから今の漫画の基礎ができあがってきたと私は思うのですが、一方で、媒体についてみれば、現代は、紙からデジタルへと変化する時代です。
媒体が変われば、それに合わせた最適な漫画の描き方は当然紙とは違ってくると思いまして、紙ではなく、ボーンデジタルでスタートするからこそできる漫画表現方法を追究できれば、という思いを込めているんです。
西尾 紙とは違うデジタルならではの表現方法はほかにありますか?
稲積 デジタルは画面上で表現しますので、基本的には全作品フルカラーで制作いただくようお願いしています。もちろん、これによって紙の漫画とはもうひと手間どころではないご苦労を作家さんにお願いしているのは承知していますが、作家さんたちにもご理解いただいて、しっかりと制作していただいています。
漫画という1つの文化に新しい風を
西尾 comicoの作品は大きく分けると、comicoと契約している公式作品と誰でも投稿できるチャレンジ作品があります。サイトをみると毎日何らかの作品が更新されていますけど、公式作品は今どれくらいですか?
稲積 現在連載中の作品で約80作品です。作家の年齢層はバラバラですが、一番多いのは20代の方ですね。
西尾 公式作家の方は皆さん専業で描かれているんですか?
稲積 スタートする時点では、ほかのお仕事をされていた方もおられましたが、10人以上の方がそちらは辞められて、comicoに集中して作品をご提供いただいています。
西尾 作品はまだ増やしていく考えですか?
稲積 ユーザーのアクセス統計などをよく見ているのですが、現在、毎日お越し頂けているヘビーユーザーでも、質・量ともに受け入れていただける余地はまだまだあると思っています。
ですので、3月には初めてのコンテストを開催したり、現在もベストチャレンジ作品という形で積極的に投稿作品を集め、ユーザーにご判断頂いています。6月2日には、新たに12名の方が公式作家としてデビューすることが決定し、サービス内でアナウンスさせていただきました。
西尾 3月のコンテストは私も注目していましたが、大賞なしという結果でしたね。
稲積 そうなんです(苦笑)。ちょっと最後の盛り上がりに欠けてしまいましたが、あの時点では、作家さんたちは皆さん紙を前提にした制作から抜け切れていなかったのかなと。
私どもはデジタルに注力していくということで、縦スクロールやカラーといった、スマートデバイスで上で楽しませてくれるというのを一番やりたかったものですから、大賞なしという結果にさせていただきました。
ただ、ベストチャレンジ作品では、そういった新しい描き方もだいぶ浸透してきた、という手ごたえを感じています。今後もこの方向で進んでいければと考えています。
comicoは日本で非常に新しいサービスだと思うんです。作家さんを集めて、作家さんをモチベートしていくところから始めているので、こういう言い方するとおこがましいんですけど、漫画という1つの文化に新しい風を起こしていけるんじゃないかと。
西尾 eBook USERで「電子書店の中の人」という連載があり、comicoの中の人にも取材させていただきましたが、編集部がありますよね。編集部はどんなサポートをされているんですか?
稲積 例えば、「縦スクロールだと、1つのコマはこのくらいの長さがいい」だとか、「こういう間の置き方があるんじゃないか」といった、勉強会を開催してノウハウの共有と蓄積を図っています。
西尾 公式作品の作家には毎月の契約原稿料(20万円超)と状況に応じたインセンティブが支払われていると聞きました。作家と編集者が一体になって、「大ヒット作を作ってやろう!」というような雰囲気なんでしょうか。
稲積 comicoの立ち上げ当初、私たちが「これは受けるんじゃないか」と思っていた作品がそうでもなかったり、逆にそれほど注目していなかった作品が大きく受けたりといったこともあり、思った通りにはいかないんだな、と。わたしどもは場を設けて作家さんに精一杯描いていただき、最終的な作品の評価そのものは、読者さんにお任せしようという方針です。
ただ、わたしどもは作家さんに発表の場を設けるのが1つの大きな貢献だと思っていますが、実力のある方に関しては、作品が有名になるように育てていくのを強烈にサポートしていきたいです。
comicoのビジネスモデル
西尾 comicoは無料で楽しめるサービスですが、そこがビジネスとなる部分ということですか。
稲積 将来的には、紙のコミックスでの出版や、アニメ、ドラマ、映画、そしてゲームへと、さまざまな形で多メディア展開は当然検討していく考えです。
そうした機会を提供していくことが編集部の1機能だと考えていて、作品が大きく成長していくまで、しっかりサポートしていきたいと思っています。現在は、作家さんたち同士で切磋琢磨していただきながら、良質なコンテンツを生み出して、飛躍するフェーズだと思います。
西尾 コミックス化という話ですが、縦スクロールを前提に制作されたボーンデジタルなcomicoの作品が、紙の上でうまく表現できるのでしょうか。
稲積 実はすでにコミックス化に向けて動き出しているプロジェクトがあり、そこでいろいろ検討しているところです。仰るように、縦スクロールならではの表現を使っているので、そのまま紙に落としても、うまく表現できないことがあります。
ただ、そこはコマ割りをうまくし直すことで紙に落とし込むことができそうだというのが、進めている中での感想です。そこは紙に合った形の物をお届けできるかと思います。
西尾 今comicoはオリジナル作品のみですが、今後、出版社と連携し、出版社の作品をcomicoに掲載する考えはありますか?
稲積 そういう取り組みを考えないわけではありませんが、何しろ現状では出版社さんの存在が大きすぎまして。我々、ゼロから事業を立ち上げていますので、一定のダウンロード数を得られた今なら分かりませんが、数か月前の時点で協力のお願いをしたとしても、一笑に付されるだけというのは目に見えているなと。
ビジネスの次のステップとしてはコミックス化が当初からありましたので、出版社さんと協力するとすればそこかと考えています。私たちは紙のビジネスを一切やったことがありませんので、こういう分野から出版社さんと協力させていただきながら、先を探っていければと。
今そこにある課題
西尾 ゲームのプラットフォーム運営で培ってきたノウハウが生かされているというお話がありましたが、comicoを見ると、現在のところ、作品に対するコメントは数多くついていますが、ユーザー同士の交流というか、コミュニティー化につながるような機能は少ない印象です。
稲積 はい。そこはおっしゃる通りです。現時点では、まずは一番シンプルな形で作品を楽しんでいただく、という意図からです。前にユーザーアンケートを取ったことがあったんですが、ユーザー同士のコミュニケーションは相対的な優先度が低かったものですから、現在のところは後回しにさせていただいている段階ですね。
ユーザーがシステムに慣れてきてくだされば、今後、コミュニケーションをとりたいという要望も出てくるだろう、と思っています。
西尾 では現在、優先度が高いものは?
稲積 Webサイトでは初期からあったランキング形式での表示も、アプリでは最近のアップデートで対応できました。また、検索機能もアプリでは最近追加された機能で、作品がかなり探しやすくなったのではないかと思います。今後はコミュニティーからのレコメンドもあり得るのかなと。
西尾 よくマンガ誌は“作品との偶発的な出会い”を提供するものだと言われることがありますが、comicoもそこは試行錯誤されている感じですね。ほかに優先度が高いものはありますか?
稲積 これはまだAndroid版だけの機能ですが、縦スクロールを基本にしてるのを生かして、一度操作すれば、操作せずに最後まで読んでいただけるオートスクロール機能も実装しています。例えば満員電車などで楽しんでいただく際には有効かと思っています。今はこうした閲覧環境の向上を優先的に目指している段階ですね。
西尾 新機能は、Androidアプリから実装していく方針ですか。それはつまりAndroidユーザーが多いということになりますか?
稲積 いえ、この機能は、たまたまAndroidが先になってしまったというだけです。ユーザーの割合を見ても、iOSとAndroidではほんの少しだけiOSが多いかな、という程度ですので、基本的にはAndroidもiOSもすべて同時にリリースしていく方針です。
老若男女が楽しめるサービスに
西尾 comicoはわずらわしいことを考えずにマンガが読めて、その中にはたくさんの面白い作品がある。それが徐々に知られるようになってきたと思いますが、どういった形で広まってほしい、といった思いはありますか?
稲積 今後より大きいものにしていくためには、まずは熱心に支持していただけるファンの方を集めるのが必要だと考えています。
電子書籍のコミックス事業で一番よく言われているのが、本来10代の若い人たちに読んでいただきたいコンテンツであるにもかかわらず、電子書籍は購入するのにクレジットカードが必要なために、若い人が読めない、というものです。
私たちは無料でサービスを提供していてこうした問題がないため、より若い世代へアプローチしたい。例えば学校のクラスの友達同士で見せあってもらうとか、ネットの口コミで広げていただくとか、そういった形で広まってほしいんです。
西尾 DRMなどを掛けて保護の方向に働きがちな部分ですが、comicoにはイメージカットの機能などもあって、かなりオープンですよね。
稲積 そうですね。一定程度はプロモーションという認識で、ユーザーの皆さまに自由に使って頂こうということでやっています。
20代の若い作家さんが多いということで、日ごろからインターネットを使っている方も多く、また作家さん同士もTwitterなどのSNSをよく使って互いに連絡されたりしているようですので、そういった使い道に対しては比較的ご理解いただきやすかったのかなと思っています。
西尾 comicoの作品は少年向け、青年向け、少女向けなど、さまざまな作品があって、その集合体としては無料コミック、というぼんやりした表現になってしまうのが悩ましいのですが、特定の層に向けてコンテンツを集中させていきたい、という考えはあるんでしょうか。
稲積 デジタルのメリットとしてよく言われるのが、紙と違って、分量の制限がないことですから、そこはあえて何かに特化させることなく、全方向的に良質な作品を提供して、老若男女多くの皆さまにお楽しみいただけるサービスにしていきたいと考えています。
comicoに来るといろんな種類のマンガがあって、少なくともみんなが楽しいと思うものと、自分が楽しいと思うもの、その2つが見つかるようなサービスになるといいなと。
西尾 稲積さんがこうしてメディアのインタビューでcomicoのことをお話されるのは知る限り初めてだと思います。最後に、この記事を読んでいただいているユーザーさんへ向けてメッセージをいただけますか。
稲積 マンガって、主人公の成長に自分を重ねて自分も頑張ろうって思えたり、読めばその日の疲れをいやしてくれるような作品もあったりと、人それぞれに好きな作品、楽しみ方が違うと思います。
comicoはエンターテイメントサービスとして、一日の最後にアプリを立ち上げていただいて、笑って明日への活力を得たり、ゆったりした癒しや、笑いによって一日の疲れを拭い去るような、そんな楽しみを皆さんにお届けしたいと思っています。
comicoとしては、やはり作品が有名になってくれるのが当面のゴールです。多くの人が、「あ、知ってるよ」となること。別に「comico知ってるよ」でなくてもよいのです。この作品知ってるよっていうのが出てくると、本当にcomicoをやっている甲斐があるな、と思ってます。会員登録も不要で、全作品無料でお楽しみいただけますので、ぜひアプリをダウンロードして頂き、作品を読んでみてください。
西尾 どうもありがとうございました。
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