5月10日、東京文京区にある講談社本社は、小説家を目指している人たちであふれていた。
この日、講談社とブックリスタの主催で行われたのは、「講談社文芸編集者による小説道場(以下小説道場)」。講談社の文芸編集者が「新人賞の一次選考・二次選考を突破できない人が陥っている落とし穴」などをアドバイスするハンズオンのイベントだ。同時に、出版社に原稿を読んでもらう機会を創出する場としての位置づけも兼ねており、その両面から小説家を目指している人たちが集まったというわけだ。
イベントの講師として“落とし穴”の解説を行ったのは、講談社で20年にわたり新人発掘を担当してきた唐木厚氏。講談社の新人発掘の場であるWeb事業「プロジェクト・アマテラス」や、優れた作品を刊行する「ワルプルギス賞」プロジェクトなどに携わってきた。それ以前は『講談社ノベルス』や『群像』編集部に在籍し、メフィスト賞の立ち上げなど文芸の編集者として極めて優れた実績も残している。
唐木氏の講演は、長年現場で応募作品に触れてきた経験から、審査で落とされてしまう作品に足りないもの、作品を書くに当たって押さえておくべきポイントを解説したもの。ここでは、唐木氏による「作家志望者に伝えておきたいアドバイス」を紹介したい。
小説の最大の強み——視点の存在を意識する
まず唐木氏は、「読書の好きな人も多いでしょう。でも、小説家を目指すのであれば、単なる“読書好き”では足りません。好きな本だけではなく、さまざまな本を読み、そこから作者のテクニックを学ぶようにしてください」とアドバイス。どのテクニックを学ぶか、について主に「視点」というポイントに絞って解説した。
小説と、そのほかの物語を伝える媒体——例えばマンガや映画——では、視点のあり方が大きく異なると唐木氏は説明。次のような分類も示した。
マンガでは基本的にどの登場人物の心理状態も描かれる“神の視点”で物語が進む。映画の場合は第三者の視点。これに対し、小説にはさまざまな“視点”の取り方があり、それには“一人称”“二人称”“三人称”のもの、さらに“神の視点”もある(唐木氏)
視点をうまく活用することで、読者は自分のものではない別の世界を体験でき、物語に引き込まれるという。それゆえ「視点人物に対する造形を十分に行わないと読者が感情移入できなくなってしまう。読みづらいと感じる、あるいは分かりづらくて話についていけない多くの場合がこれに相当する」と唐木氏は話す。
例えば、ファッションに興味のない人物が視点の場合、「その場に現れた彼女は、どこどこのブランドの、いくらくらいしそうな、ベビーピンクのシフォンスカートをはいていた」のように、ファッションについて事細かに描写したら、読者に奇妙な感覚を覚えさせてしまう、というわけだ。
では、どうすれば読者を置き去りにしない視点で物語を進めていけるのだろうか?
作品に適切な視点を選ぶ
唐木氏は、一人称視点の描き方は読者を物語に引き込みやすく、ライトノベルなどでもよく採用されているという。その場合、視点人物、つまり語り手の心理描写を地の文に織り込むことで巧みに語り手のキャラを立て、読者に語り手と同じ感情を共有できるよう導いていく。
そのためにも、小説を書く際には、視点人物を自分の中でしっかり作りこんでおく必要がある(唐木氏)
そのほか、唐木氏はミステリー、ファンタジーなどでも一人称視点で書かれることは多いと述べた。
ファンタジーで一人称や、特定の登場人物の視点を使うなら「読者は物語に入り込みやすい」と唐木氏。それを神の視点で書いてしまうと、説明的になってしまい、その世界に入り込みづらくなってしまうという。
神の視点で描かれることが多いジャンルとしては、歴史小説、古い物語であることを印象づけたい小説などを挙げた。
ファンタジーで神の視点で書かれた作品の例として唐木氏はトールキン作『指輪物語』を挙げたが、「これは古えの物語、という印象を読者に与えるため。もちろんそういう手法もあり得る。、ただ、この手法で読者を楽しませるのはなかなか難しい。まず特定の登場人物の視点で書けるようになってからでないと、読者に伝わらない場合が多い」とアドバイス。まず基本をマスターしてから、といったところだろう。
どの人物を語り手にするか、どのようにキャラ立てするかについては、「語り手=主人公である必要はない。むしろ、主人公のそばにいる人を語り手にする方が効果的。例えば、『シャーロック・ホームズ』でも、主人公であるホームズではなく、ワトソン博士が語り手。主人公の側にいる人からの視点で主人公の魅力を描いていった方が、読者も同様の感情を共有でき、話に引き込まれていく。また、語り手の心理描写や、主人公に対しての感じ方を描けば、不自然にならずキャラ立てできます」と唐木氏は明かす。
どのように語り手のキャラを立てているかを考えながら“作家モード”で小説を読み、技術を学ぶようにしてください(唐木氏)
魅力ある文章を書くために
これらの基本を踏まえつつ、さらに魅力的で「読みたい」と思わせる文章を書くためのテクニックも披露した。
「小説は、読者に向けて語られる物語なので、伝わらなければ意味がない。伝えるために、語彙のバリエーションは多いほどいい。同じ言葉ばかり使っていては、単調である、と読者は感じる。また、情報の開示順序を間違えてしまうと、読者に驚きや感動を与えられなくなってしまう。情報をよく整理し、無駄なものは盛り込まないようにしつつ、順序を考えていきましょう」(唐木氏)
また、文章をリズミカルにすることは構わないが、七五調で書くなどの奇をてらった手法を取らないことその作品の「売り」を盛り込むこと、読者の知識欲に応えるためにも、取材の手間を省かないことなどをアドバイスした。
最後に、唐木氏は「デビューのハードルは下がっているが、作家であり続けることの方が大変。書き続けられる作家を目指してほしい」と述べて話を締めくくった。
講演の後の質疑応答では会場から多くの挙手。中でも「“売り”を作った方がいいのは分かるが、作品のどこまでで売りを仕込めばいいでしょうか?」という質問に対し、唐木氏は、「ミステリー作品の場合、『書き始めから原稿用紙50枚までに死体を転がせ』と言われたもの。だから、なるべく早めに売りを盛り込んだ方がいい」と回答し、会場がわいた。
この後、本記事冒頭で触れたように、持ち込み作品を手渡しする時間が設けられ、会場に集まったおよそ100名が次々と会場前方に着席したスタッフに原稿を渡していた。
なお、講談社では一次審査を通過した作品はすでに決定し、その後
7月31日までに最終選考結果を連絡予定。その後、「小説道場 黒帯認定作品」として電子書籍化、Reader Storeとブックパスで先行配信される。
講談社と共同で主催したブックリスタでは、「今回の試みが好評であれば、次回につなげていきたい。それにより、電子書籍業界だけではなく、出版業界を盛り上げていきたい」としている。
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