反日デモから1年。今に至るまで、中国からの艦船や飛行機が尖閣諸島にやってくる。日本発のニュースを見る限りでは、この動きの背景にネット世論があるように一部で報じられることもある。中国のポータルサイトでは尖閣諸島ネタが絶えることなく報道されていた感があるが、実際のところ、中国のネット世論はこの1年間でどう変わったのか。さまざまな角度から調べてみたが、どうも中国人にとっては「ネタ切れ」とも、「それどころではない」ともいえる状況のようだ。
関心が薄れた?尖閣諸島問題
中国での検索数シェアで72.1%を占める百度(Baidu)が公開しているGoogle Trendsのようなツール「百度指数」で、「釣魚島」(尖閣諸島の中国の呼び名)の今年の検索数を時系列で調べてみると、1月を頂点にどんどん下落していっていることが分かる。その1月にしても、前年の反日デモのころに比べればずっと少ない。つまり昨年に比べれば、中国のネットユーザーは尖閣諸島について検索していないということになる。
百度が先日発表した年間検索ワードランキングでは、「釣魚島」以上に、大気汚染の影響で各都市を覆った「霧」、4月に発生した「四川省雅安地震」、現在も感染者が発生している「H7N9型鳥インフルエンザ」、6月に打ち上げられた「神舟10号」が上位にランクインした。
また、失脚して無期懲役が確定した元重慶市トップの薄熙来氏に関するスキャンダルや、「大V」と呼ばれるフォロワーが非常に多いオピニオンリーダーの拘束、「デマと認識された書き込みが500回RTされると有罪」になる法律の施行──など、普段政治に関心がない人でも疑問符をつけたくなる中央政府関係のニュースが尖閣諸島以上に目立ったように思う。
尖閣周辺では緊張状態にはあったものの、比較的大きな反響のあった日中関係のニュースは、今年前半では、1月に鳩山由紀夫元首相が「尖閣諸島で係争が起きていることを認めよ」と発言した件、3月に抗日ドラマの粗製濫造に中国中央電視台(CCTV)などが注文し抗日ドラマのクオリティの低さが話題になった件、4月に日台漁業協定で台湾が妥協したとして中国のネット民が台湾に対し怒った件──くらいしかない。
今年後半では、12月に安倍晋三首相が靖国神社を参拝するまで大きな日中関係のニュースはなかった。敢えて注目を浴びたものを挙げれば、8月に言論NPOが発表した日中相互の印象が最悪となった「第9回日中共同世論調査結果」についてのニュースや、11月に大阪の淀川で中国人留学生が小学生を助けて表彰を受けた──くらいだった。留学生が小学生を救助した件では拍手喝采ばかりと思いきや、安倍首相が感謝状を渡したことから、これを陰謀論と決めつけて意見を変えない人もネットで散見された。
中国の“ネット右翼”こと「憤青」の変わらぬ反日に対し、一般人の多くはスルー
ニュースネタには欠いた一方で、抗日コンテンツはテレビドラマ以外にも登場した。スマホで読書がさらなるブームになった今年は、日本叩きが題材のオンライン小説が続々登場。その自己満足的な内容から抗日小説を読む気のない人々はそれを「地雷」「意淫(自慰)」と呼んだ。雑貨屋や土産物屋では、中国政府の定番標語「為人民服務」を使った懐古とジョークが混ざったグッズと共に、「釣魚島是中国的(尖閣は中国のモノ)」と書かれたグッズを販売開始。この標語を出す人がネタになってしまったわけだ。
ネタにされたのは憤青なる人々。憤青については2月に掲載された「中国政府、自国の“ネット右翼”に困惑し始める 嫌がる人も多い“憤青”」を見ていただきたいが、手短にまとめると、20〜30代でネットに依存しすぎており、よく日中戦争論を掲示板などでまくし上げるが、実際に戦争が起きたら真っ先に逃げ募金もしない、低学歴定収入の層──と言われている。彼らの心をつかんで離さないのが、対日本で息を荒げるニュースサイト「環球時報」(環球網)と軍事系のサイト。そこでは多くの憤青が威勢良く抗日系コメントを書き込んでいる。
例えば、尖閣諸島を日本が国有化して1年が経った今年の9月11日、尖閣絡みのニュースに環球網では4600もの抗日系コメントが書きこまれた。だがその一方で、大手ポータルサイトでは「網易」(NetEase)では書き込みはゼロ、「捜狐」(Sohu)でもたったの2と極めて反応が悪く、多くの人はスルーしたようだ。環球日報や軍事系サイトの反応と、新浪や騰訊や網易といった大手ポータルの読者の反応では、戦争推進と日中相互理解推進ほどの正反対の差がある。日本のニュースサイトで「中国のネットの反応」が出た時は、どこのサイトの反応かまで見るべきだろう。こうした事例は節目の9月11日だけでなく、毎日のようにある。
冷静なネットユーザーが大半
安倍晋三首相が靖国神社を参拝した12月26日。この日の午後7時の時点でも、中国の各ニュースサイトが関連ニュースの特集を組んだが、ポータルサイト「新浪」や「網易」では1500前後の書き込みが投稿され、その内容は「理性的に対処」や「中国(人)への自嘲」的な内容が目立った。憤青の集まる環球網では、3000人以上の抗日系書き込みがあった。
実際には、多くのネット世代の中国人は、中国内の報道を受けて日中戦争を心配することもあったが、決して人民解放軍の背中を押すような世論にはなっていない(とはいえ尖閣諸島は中国のものだと思っている人は多い)。
幸か不幸か、同じ日に中国共産党首脳がそろって、毛沢東の遺体が安置されている北京の毛主席記念堂を訪問したこともあり、「靖国参拝もやむなし」「中国政府も日本と変わらない」という反応もあった。ポータルサイトでは靖国神社参拝と同程度の重要ニュースとして並んでいたこともあり、PCスマホを問わずニュースサイトを見た人々は、書き込まずとも「同じじゃない?」と考えた人は少なからずいるだろう。
「靖国参拝に対して中国のネットは冷静」との報もあるが、中国のネットでは、多くのユーザーが論評するような事件などでは初動では冷静な分析が多いが、やがて憤青の抗日コメントを始めとした野次的な書き込みばかりになる傾向がある。ネットの反応にはもう少し時間をかけて様子を見た方がよさそうだ。
中国のネットでは、煽り気味の尖閣関連ニュースをスルーしているユーザーが多数派だ。だが日本では、憤青が集まる環球網などが配信する煽り記事とその偏った読者の反応が取り上げられてニュースになっており、心配に思えた。靖国神社参拝に対する中国の反応についても、日本のメディアが中国政府のオフィシャルな声明や、煽りニュースと憤青の反応ばかりを紹介すると、中国市民のリアルを誤解することになろう。
関連記事
- LINEは世界一になるか──多様なアジア市場を俯瞰する
2億ユーザーを超えたLINEだが、世界では同様のメッセンジャーアプリが割拠する。中でも熱いのが、43億人の人口を抱えるアジア圏。ユーザー6億人超とも言われる超大物を含むライバルの存在や、アジア特有の事情もある。中国やアジア圏に詳しい山谷氏のリポート。 - “廉価版”iPhone 5cが「7万円」──「高過ぎ!」と驚愕する中国人
“廉価版”とされていた「iPhone 5c」。だがその主戦場と目されている中国では「高過ぎ」と失望する声が上がっている。安価なAndroid端末が容易に手に入っている中国スマホ事情など、現地からのリポート。 - “コンテンツは無料”に慣れきっている中国人 人気の日本発アニメ・コミック
「海賊版天国」と揶揄される中国だが、改善している面もある。海賊版対策として正規コンテンツを無料配信するビジネスモデルが広がった結果、中国人は無料に慣れきっているという。現地からのリポート。 - 中国の「非ネット世代の中年」と「微信」(WeChat)で伝播する市民デモを追った
中国南部の雲南省・昆明で化学工場建設に反対するデモが起きた。デモの様子は中国版Twitter「微博」のほか、ユーザーが4億人を超えるLINEのライバル「微信」(WeChat)でも広がっていった。そんなデモの主役は反日デモの場合とは異なり……山谷氏による現地からのリポート。 - 変わる「中国的幸福論」 「2ちゃんねらー」「干物女」的な「ディャオスー」現る
経済の失速に大気汚染。GDP向上こそ幸福につながると努めてきた中国で「幸せって何?」と価値観が変わりつつあるという。ネットでは“結婚なんかできそうもない”自虐的な「ディャオスー」が現れ──山谷氏による現地からのリポート。 - 中国政府、自国の“ネット右翼”に困惑し始める 嫌がる人も多い“憤青”
「大気汚染の原因は日本」という中国の一部が取り上げた根も葉もない話に現地では「そんなわけはない」という常識的な反応が多かったことは知られてない。中国政府は“ネット右翼”や“ポピュリスト”に頭を痛め始めている──山谷氏による現地からのリポート。 - 反日デモ暴動に「あまりに愚かで悲しい」「義和団や文革のようだ」──中国のネット「理性愛国」の声
中国各地で暴徒と化した反日デモの映像が連日報道されている。だが中国人は反日デモに参加しない人が多数派。ネットでは暴力デモに反対し、「理性愛国」を訴える動きも多いという。現地からのリポート。 - 「愛国ではない、害国だ」 尖閣デモと公用車襲撃を否定され困惑する中国ネットユーザー
尖閣諸島をめぐって中国内では反日世論が高まった。一方で、反日デモや公用車襲撃事件について「愛国ではなく『害国』だ」という論評も現れており、中国ネット世論はそう単純ではない。現地からのリポート。 - 政治的思惑か、単なるミスか──中国から「.co.jp」サイトに一斉アクセス禁止の“なぜ?”
先週末の15日から17日にかけて、中国から「co.jp」ドメインの日本のサイトにアクセスできない事態が起き、現地の日本人に加え、日常的に閲覧していた中国人ユーザーも困惑。政治的思惑なのか、単なるミスなのか──
Copyright© 2013 ITmedia, Inc. All Rights Reserved.